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2005年10月9日 - 2005年10月15日

2005年10月15日 (土)

日曜の天気

関東は雨の予報が出ている。
なんてこった、折角草津の方に行こうと思っていたのに。

…雨の降らない名古屋に行こうっと。


…と思ってながらの指定席予約。取れちゃった!
よーし、名古屋の歴史博物館系を巡るぞーと思って、それまで見ていた天気予報サイトを「全国」から「愛知県」に変えたわけ。
そしたらいつの間にか傘マークが付いてますよ。あちゃー。

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2005年10月14日 (金)

ハンドル

友人にペンネームの由来は何かと問われたので書いてみようと思う次第であります。

GLUMipは、自分の好きなキャラを足した造語であります。
LUM+Chip=CLUMipなのですが、そこからhを取ってTをCに足してGにしたわけです。
でもって、LUMは中心に持ってこようと。故に、ipは半角、他は全角で書いてます。

で、考えた当時は十代だったので、若気の至りで後付の理由がいっぱいあった。
GはグラフィックのGだ!とか。全体で5文字だから云々とか。

発音が「ぐるーみっぷ」なのは、無理矢理読ませてます。多分英語圏の人にはぐらみっぷと読まれて居るんじゃないかと思うんですが、「るーみっく」に音を近づけたいという理念からそれてしまうので、無理矢理読ませてます。

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2005年10月13日 (木)

最近、なんとなくヨメの言いたいことが分かるようになった。

家に帰ると電話を入れると、散歩をしようという。
なるほど、外食をしようというのだなと思う。

何か食べたいものがあるかというと、答えない。
食欲が落ちているのだから、たいした量を食べられないだろう。
従って量を調節できるよう、小分けに出てくる食事が良いだろう。
故に近くの回転寿司はどうかというと、何で分かったの?と言う。

…うむ。自分が進歩したのではなく、ヨメがわかりやすい誘導をするように進歩したのである。

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2005年10月12日 (水)

ヨメの扁桃腺

ヨメが病院に行ったら扁桃腺に膿が溜まっていると言われたんだそう。
ここ数日来の高熱の原因はこれだったのか。
見れば扁桃腺と思しき場所が腫れ上がり、喉の奥が半分くらいしか見えない。
なんと可哀想なことをしたものだ。もっと早くに医者に行かせるべきだった。
後悔先に立たずである。

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2005年10月11日 (火)

浜松駅前の鰻に舌鼓

以前から口にしているように、東海道本線に乗ったら浜松で下車し、駅北口の「菊川」でウナギを食べるのを常にしている。以前は行き方に迷ったが、今では地下歩道を真っ直ぐ進んでDの出口から迷わず出る。
ただ、D出口は二つあって、いつもエスカレーターの出口から出てしまい「あっ、逆の出口の方が近かった」と後悔するのである。
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以前の日記にも書いたが、鰻丼一杯¥950。
別に炭火で焼いてくれるわけでもない。専用の電熱器が赤々と光るオーブンみたいな物の中に入れて焼いてくれるだけである。
だが、旨い。ホクホクしたウナギに程よくタレがかかっている。
ご飯など思わず掻き込んでしまうが、もったいないと思い懸命に咀嚼して味わう。
…最後にしっぽの方に手を伸ばせば、今度はパリッとした皮と濃厚なウナギの香りが楽しめる。
一度これを食べてしまったら、駅で売っているウナギ弁当など手が伸びぬ。
満足したところで静岡へ。18:35発の普通東京行。ムーンライトながらの車両の送り込みである。
昼は特急で走っている列車なので乗り得なのは18きっぷを使う人の間では有名。
今回も1列車前を見送って並ぶ人が1乗車口に3人くらいいる。全然関係ない所に並んでいる人もいたが。
車両中央窓際に席を確保。アイマスクと耳栓をしてぐっすり。
熱海到着の放送で目が覚めたが寝直し、起きたのは川崎到着。
品川で下車し、前回と同じ列車で家に着く。
なんだ。この列車でも家に帰る時間は一緒ではないか。まぁ、前回(8/28)の反省を生か
せたから良しとしよう。

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2005年10月10日 (月)

豊橋鉄道市内線

豊橋で下車。
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豊橋駅前から出ているのが豊橋鉄道市内線。要するに路面電車である。
ところが以前は駅前ではなく、駅入口とでも言うべき道路上で止まっていた。
JR岐阜駅から名鉄岐阜市内線新岐阜駅まで歩くような感じである。
それが豊橋駅北口の駅前広場改良工事に合わせて駅前ロータリーに乗り入れた。
おかげで濡れずに電車に乗ることが出来る。今日は生憎の雨だったが屋根に助けられた格好だ。
一日乗車券を買おうとしたら、券売機に「中止」と書いてあって買えない。運転士に申し出ると途中駅で手配するから乗ってくださいという。
これで50円安く乗ることが出来る。やれ助かった。
今回乗ったのは以前から豊橋鉄道市内線として働いている古豪である。
名鉄岐阜市内線が廃線になったので、比較的新しい車両が譲渡されて入線しているが、名鉄時代に乗っているのでこちらに乗りたかった。故に渡りに船と喜んで乗る。つりかけモーターのくぐもった音も心地よい。

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あおなみ線

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出来て間もないあおなみ線。
ホームドアで車内に乗降監視モニターがある。今時の流れをしっかり押さえている。
新車の匂い漂う車内は半分以上自社のマナー広告からなる中吊りがある程度で、実にスッキリしている。
元々貨物線だったのを旅客線に昇格した路線であるので、車窓に貨物ターミナルや臨海地域の工場群、輸出する自動車が敷き詰めてある埠頭などを望むことが出来る非日常路線である。
既に沿線に人口が定着しているのがよく分かる車窓である。
新線にもかかわらず、あちこちに団地が建っている。これは開業前から建っていた物ばかりのようだ。
すなわち、沿線に住宅や施設が林立しているので採算性があると踏んで開業したという、今回乗った他の三セクとは趣を異にする路線である。
それにしても、貨物ターミナルを横に走るのは楽しい。
臨海鉄道色のディーゼル機関車が出発待機していたりするのを見るだけで来た甲斐があったと思う。
1スパン分だけ高架橋が工場の中へ消えて行っている所もある。上下線分が高さを変えて並んでいたところを見ると、頓挫してしまった貨物新線計画の名残だろうか。開通していれば東京~名古屋の輸送でトラックより優位に立てたろうに、中途半端なところで頓挫してしまい税金の無駄使いに終わっている悲しい話である。
もっとも、JR化の時にJR貨物に譲渡の打診があって、建設続行しても採算ペイしないので断られたという話だ。
甘い需給予測で鉄道建設した悪例と言える。
さて、終点の金城ふ頭は本当に埠頭の近くである。埋め立て地にありがちな平屋のショッピングモール…シムシティで言うところの低密度商業地区が広がっていたりする。
どこかで似たような景色を見たと思ったら、なんのことはない。ゆりかもめの車窓を思い出したのだった。
あおなみ線は名古屋を出てから少しばかり関西本線の横を高架で併走する。ささしまライブ駅などはその様子がよく分かる素晴らしいロケーションである。
帰りの列車でホームに降り立ち、快速やら近鉄特急やらをぱちり。
雨が降っているのが残念だが致し方あるまい。
行きの列車はそうでもなかったが、帰りの列車(昼12時名古屋行)は名古屋到着時にロングシート満席の状態。
もとより人口が多いころを走っているから当然と言えるが、沿線住民の足として定着して欲しい。

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愛知環状鉄道

高蔵寺で郵便局を探して猛ダッシュ。
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息を切らしながら愛知環状鉄道へ。発車3分前でセーフ。列車乗っても汗がぼたぼた落ちる落ちる…
さて、先ほどの東海交通事業と同じく貨物線で計画されながら旅客線として開業した愛知環状鉄道。
クリームの地に青と赤のストライプという彩色センスのない列車を使っていたのだけど、万博に合わせて金属地に緑の模様が入った今風の列車になった。
車内はそこそこの乗車率。1ボックス2人くらいで2両編成。
同じ貨物転用の環状線でも東海交通事業とは大きな違いである。
万博八草駅改め八草駅は工事のパーティーションがホームにかかっている。
何をしているのかと思えば、どうやら万博用設備の撤去を行っているようだ。
万博用に広いホームは入らぬと言うことだろうか。縮小工事のように見受けられた。
沿線は野山が多い。トンネルも多い。平野の端を走っているようであり、名古屋中心地の方には田畑が広がっている。
三河豊田の到着アナウンスでは「トヨタ自動車本社はこちらでお降り下さい」とか放送しているので驚く。
利用者が多いのか、それとも「上野広小路(松坂屋前)」みたいにスポンサーになっているのか。
車庫のある北野枡塚では旧型車がゴロゴロしている。
どうやら旧型車は万博輸送終了と共にお役後免になったらしい。
それにしても、岡崎が近づくに従ってまとまった乗降がある駅が続く。
やはりこれくらいの需要は必要だろう。瀬戸、豊田と大きな市をネットしているのが功を奏しているのだろう。
万博終了後も高蔵寺経由で名古屋までの直通列車が運転されているのは喜ばしいことだ。
直通運転による需要喚起が成されることを期待したい。

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東海交通事業

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枇杷島から勝川まで東海交通事業線に乗車。
JR東海と共通仕様のキハ1両に乗り換えるとすぐ出発。
高架複線なれど架線柱も信号も滅多にないというなかなか見られない光景の中、市街地を見下ろしながらひた走る感じ。多摩モノレールほどじゃないけど、高層建築物がないから相対的に高いところ走っているような気がするんだよね。
乗客は本当に僅かで、休日昼とはいえ本当に不安になるくらい。
5人ですよ、5人。これが名古屋の次の駅から出る列車なのかと思う。
運賃表見てははぁと合点。高い。
どれくらい高いかというとバス並みに高い。
おまけにダイヤは30分に一本。これだったら地下鉄乗って都心に出ちゃうよね。
まぁ環状線だから仕方ないのかなとも思ったけど、じゃぁ環状線本来の機能(都心を経由しないで郊外同士をバイパス)を果たしているのかというと、これがサッパリ。
終点の勝川に着いて唖然。
なんとJR勝川は徒歩7分。高架を降りて線路沿いの道を歩いて、ビル工事の横を抜けてようやく辿り着く始末。
それは仕方ないとしても、ホームの突端の先が車庫になっている。他に車庫を設ける場が無く致し方なかったというのは分かるのだが、その車庫の脇の屋根もない道を歩かされる方はたまらない。
車庫の場所にホームを設けてくれれば歩く距離が減るのに、と誰もが思うだろう。
勝川の駅は高架化工事の最中である。工事竣工の暁はJRの駅まで乗り入れて欲しいものだ。
それと同時に名古屋方も名古屋駅に乗り入れねば、需要の喚起にはつながらないと思う。

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明智鉄道

恵那から明智鉄道で終点の明智へ。
国鉄から第三セクターの転換時にレールバス「アケチ1型」にしたが、レールバスの耐久年数が短いため、長く使える一般鉄道型車両を使っている。
今夏祈ったのはアケチ13。「金を失う」と書く鉄の字を嫌って「鐵」を使う会社まであるというのに、13なんて数字を気にせず使う。縁起担ぎの三セクが多いが明智鉄道はサッパリとしている。
明智を出ると延々と上り坂が続く。ディーゼル機関はうんうんとうなりを上げ、懸命に山を登ってゆく。
昨日の信楽高原鉄道も上り坂であったがあちらは強馬力に物を言わせて快速に登っていったものだが、こちらはゆっくりと登っていく感が強い。勾配がそれだけきついのか、それとも出力の差なのか。
朝一番の高山本線で岐阜を出て、太多線経由でやってきたので流石に眠い。時々意識を失いながら山登りである。
途中駅でやかましかった学生が三人、次の駅で二人と降りると、いよいよ乗客は自分だけになってしまった。
それから3駅、終点の明智に到着。様の小さな集落にある駅ばかりであったが、町の中に到着してホッとする。
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明智鉄道は最近タブレット閉塞を廃し、信号自動化を図ったようで信号機がまだ新しい。
タブレット時代の名残もそこここに残っており、写真のように信号てこが残っている。
流石にワイヤーなどは撤去されているが、てこの後ろに新しい配管が延びているのが分かるだろうか。
手動のてこから延びるワイヤーやら鉄管が通っていたトラフに自動信号のケーブルを通しているのである。
ちなみに、このてこ、昭和9年の木造詰所の一角に収まっている。

朝食は駅近くの喫茶店で。
メニューも出さずに「何にしましょうと」聞かれて戸惑ったが、食事したいのだけどと言う前に「モーニングもありますけど」とおばちゃんが聞いてくる。
店の中は常連客が10人ばかり。祝日の朝9時前だというのに賑わっている。
ゆで卵とトースト1/2、コーヒー一杯のモーニングが出てきた。名古屋界隈はコーヒー頼むと腹一杯になると思っていたが、ここは違うのだろうか。
空きっ腹に染み渡る濃いコーヒーである。後からやってきた客の分を作っているのを見たが、鍋から黒いコーヒーをコップに移している。一体どういう作り方をしているのか。
店の中はいよいよ常連客で一杯になってきた。タバコの煙が漂ってきたので長居せずに退散である。
伝票を見ると\350と書いてある。安い。コーヒー一杯の値段である。
帰りの列車に乗ると岩村駅の構内に腕木信号機が何本も横たえられていた。鉄屑処分待ちといったところか。
捨てずにマニアに売ればいいのにと思う。まぁ、自宅の庭に建植できるお大尽はそういないのだが。
岩村は日本三大山城のうちの一つ、岩村城がある。地元酒造による地酒「女城主」の広告も車内に掲げられており大いに関心を引かれたが、添えられた絵はただの姫君の絵だった。惜しい。
車窓には黄色い花を付けた背の高い植物が沢山生えている。こういう時、植物に疎いのは惜しいことだと思う。
惜しいと思うだけでサッパリ勉強しない。そのくせ、柿がたわわに実っているのを見て「旨そうだ」などと考えてもう忘れている。
各駅で乗客を広い、いつの間にか車内は満席に。自分のボックスは自分一人なのだが、相席を嫌って立っている人がいるからプラスマイナスゼロで満席といったところだろう。
平行する自動車道に恵那まで6kmの看板を見つければ、あとは下り坂。
ディーゼルの唸りとは無塩であるが、線路は右へ左へカーブしておりやはり速度は出ない。
山間の谷を抜け、霞ががった恵那市街が一望できるようになると、白雲ばかりだった空に晴れ間が覗いていた。

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2005年10月 9日 (日)

彦根のジョーと呼んでくれ

行ってきました彦根城博物館。
彦根城自体は登らずに、最初から博物館の鎧だけが目当てというコース。
展示されている甲冑は2領。どちらも当世具足なのでおいらの好みからは外れるんですが、これが井伊の赤備えかと思ってみて参りました。
江戸時代になると平和になるので、実践向けだった鎧を無駄に飾り立てるようになります。
もてはやされたのが復古調で、昔の大鎧を作ったり、当時の要素を取り入れた当世具足を作ったりし始めるのです。
展示されていたのも、当世具足ながら背中に総角と呼ぶ紐がぶら下がっていたり、袖に金物が付けてあったりして格好良く見せる試みが成されているのです。

能楽堂を見ながらお茶が飲めるというので非常に心動いたのだけど、先に全展示室巡回してからまた来ようと決意。受付まで戻ったら鎧本が2冊もあったので躊躇無く購入。¥1500(井伊の赤備え)+¥400(復古調)
お菓子付き¥500のお茶でも飲んでのんびりしようかなぁと思ったけど、本を買ったので今回は我慢。
昼飯の時間なので食事をしようと駅前通りへ。
60年前から代々杉樽で仕込んだタレを使っているというひつまぶしの看板にぐっとくるも、今回の帰りは浜松でウナギと決めているのでパス。本買ったので¥1260も出せんですわ。
結局並びの定食屋へ。¥680の唐揚げ定食頼んだらケンタッキークリスピーチキンみたいな味の唐揚げが出てきてえらく旨くて大満足なのでした。

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巨大狸の逆襲

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座り込んでいるオッサンと比べてみてください。
でかーい!

…信楽駅前にはお狸様がでーんと鎮座ましましているのです。
信楽町は全国でも珍しい「鉄道安全宣言の町」
車両にダンパー付けさせたりとなかなか積極的な活動をしている様子。
指揮系統逸脱とルール違反が招いた信楽高原鉄道正面衝突事故の記憶を風化させまいと、駅には事故車両の部品が展示されていました。

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多賀大社

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多賀大社に行ったら丁度結婚式をやってました。
さらには巫女さんが賽銭箱の中身を回収するシーンまで目撃。

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朝食


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9時ちょっと前に長浜到着。
駅近くの食堂で食事。
…昔からの食堂にゃ、久々に来ましたよ。
うどんを中心とした品揃え。どれもこれも安く、うどん一杯¥250なんて駅ソバなみ。
天丼¥550を頼んだもののやっていなかったらしく、肉丼¥450を注文。
小さいどんぶりにネギ塩の牛肉がのっかっただけという¥450じゃこんなもんかという見栄えながら、味は及第点。
まずは満足して店を出てきました。

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東海道本線終端駅

東海道本線の起点は東京、終点は神戸である。
では、東海道本線で線路が行き止まりとなっている「終端駅」はどこか。
この回答例としてあげられるのが美濃赤坂である。

大垣から2駅。ながらで散々世話になっている大垣駅だが、今まで美濃赤坂には行ったことがなかった。
僅か二駅の支線といえど、大垣~美濃赤坂間は立派な東海道本線の扱いである。
JRの今はともかく、国鉄時代は営業統計上も東海道本線だったので絶対に潰れる心配がない路線でもあった。

大垣を出てしばらく東海道本線を走ったかと思うと、何もないところで減速。
おや?と思っていると渡り線で上り線に転戦し、すぐにカーブのきつい支線に入っていく。
カーブを曲がっている途中で駅である。学校の目の前で、皇帝に老人会の人と思しき集団が円陣を組むように固まっている。
1人降りて出発。カーブはきつく、架線柱も一クラス落ちたような感がある。
下町の裏道をに2両編成の列車がとことこと走る。京成柴又線のそれに通ずるものがある。
しばらく真っ直ぐな線路を走って、減速したかと思うと美濃赤坂ある。
真っ直ぐな線路から右へ左へ色々と線路が別れている。貨物駅を兼ねているから構内は広い。
左にゆるやかにカーブを描く線路が一本別れていく。カーブの曲がり具合から見て、遠くまで延びている線路だ。
なにこれ、貨物船か!?と思ったら予想通りであった。東海道本線の線路は駅の突き当たりで終わってしまったが、貨物駅の向こうから更に遠くまで線路が延びている。
踏切の看板には「西濃鉄道」とある。この社名初めて耳にする。
まだ見ぬ線路があるという事実。それだけで旅情がかき立てられる。
まさに、線路は続くよ、どこまでも、である。

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