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2005年10月16日 - 2005年10月22日

2005年10月21日 (金)

うる星やつらエンドレスサマー

Amazonで頼んだのが届きました。
というわけで、NintendoDSを買わねばならないのでヨメと一緒に近所の中古屋へ。
新品未使用¥12800はSofmapの中古ネット価格と同一だったので即購入。
なんだ、持ってるカードだけ使えないじゃないですか。現金ではポイントがたまらんなぁと思いつつともかく購入。

…予想通りツッコミどころは色々ありますが、雨森露子に、アメフラシが出てきたのにはビックリした。
「ラムちゃんこんな反応しないよ!」と言いながら、一生懸命ヨメがプレイしているのを横で見ております。

まぁ、感想はプレイしてから。

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2005年10月20日 (木)

Pマン遂にニュースに

コミケカタログは必ず全てのページに目を通すようにしている。
すると、老舗サークルの名前は自然と覚えてしまうから不思議だ。

さて、昔から自主特撮を撮影しているサークルがある。なんと、YahooのニュースからリンクしているITメディアニュースにPマンが取り上げられているではないか。
前後の文脈から全く浮いている取材であるところが微笑ましいが(格好が格好だけに目立ったのだろう)いやはや、継続は力なりと言うべきか。最近の萌え系ビジネスだと浮かれている話より、地道な趣味の活動が紹介された好例として拍手を送りたい気分である。

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帰るコールの代わりに

会社が終わるとヨメに電話をする。
するとヨメは帰宅時間を見計らって夕飯の支度に取りかかる。

今日は駅まで同僚と一緒に行ったので電話が出来なかった。
下車駅に着いて電話すると、もう作っているという。

「mixiのログイン時間を見て作り始めたの」

偉いぞヨメ。でかしたぞヨメ。天晴れである。

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2005年10月19日 (水)

乗りつぶし管理

日本全国鉄道全線走破をやり始めると、その管理が大変である。
かつてパイオニアLCDから「走破」というソフトが出て、PCで管理しようという物であった。
鉄道路線図から乗車した区間をドラッグすると、日付やメモの入力画面が出てくる。
全体の何パーセントに乗ったのかという計算もしてくれる優れものだった。
ところが、定価が高額であったためか一本出ただけで終わってしまった。
何が困るかというと、新線が開通しても対応できないのである。
ネットで乗りつぶしサービスやるところ無いかなと思ったら、あった。
乗りつぶしオンライン
残念なことにJRだけではあるが、興味津々である。

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2005年10月18日 (火)

時間差ニアミス

以前、餘部鉄橋の撮影に行ったときに知り合った人の日記をチェックしていると、意外と近い日に同じ所を通ったりしていることに気がつく。
日本は意外と狭いのかも知れない。

少なくとも、新幹線が狭くしたのは間違いないんだろうが、私は相変わらず鈍行である。

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京浜東北線踏切人身事故の話

先週発生した京浜東北線での人身事故。踏切を渡りきれなかったろ老女が列車に跳ねられた事故について、新聞にも読者投稿が載り始めた。
この事故の第一報を聞いたときはまた無謀横断かと思ったものだが、その後「踏切には故障のランプがついていた」と報じられてから事態が深刻な物であることに気がついた。
JRの踏切で「故障」の表示が出るところは多い。
今までランプ点灯の動作原理は知らなかったが、新聞報道ではダイヤが乱れて30分以上踏切が鳴り続けるとランプがつくと報じているところから、30分間の警報持続でランプを付ける仕組みになっているのだろう。
ローカル線で30分鳴り続けたら、それは故障に違いない。従ってこの仕組みは正しい。
問題は都心部の踏切でも同じ物を使っている点である。
…普段は鉄道事業者を庇いがちな私であるが、今回はJR東日本が悪いと思う。
元々国鉄は技術的に私鉄と比べて高水準の独自技術を持っていた。世界的にも先進であったし、国内他産業と比べても高かった。それ故か私鉄との技術交流は少なかった。
そのためか、私鉄では昭和40年代に開発された緩急選別装置(速度の速い急行は遠くから踏切をならし、速度の遅い各停は近くから踏切をならす装置)を、最近まで導入しなかったのである。
故に中央線などでは駅の直近の踏切では、列車が遠くにいるところから鳴り始め、通過列車待ちで駅に止まっても鳴り続け、結局開かずの踏切と化していたのである。
私鉄事業者には、団子運転の際には列車側の信号を赤にして一度踏切を開ける所すらある。JR側も踏切対策には頑張ってほしいものだ。

…で、今朝の読売新聞の読者投稿欄にはこうあった。
「エレベーターも画像監視ができる時代なのだから踏切も遠隔監視が出来るはず(大意)」
この人、東武伊勢崎線の踏切監視員が列車接近にも関わらず踏切を開けて人を通し、結果人身事故にいたったあの事件の教訓が「人間が介在してはいけない」という事だった点を知らないらしい。
仮に投稿者の狙いが、踏切内に人がいたら列車を止めるという方策だったとしても、下りた遮断機をくぐっているようでは制動距離が足りないのである。
世論は世論として、事業者は真摯に受け止めるべきであるが、生兵法は怪我の元ということである。

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2005年10月17日 (月)

小さな遊園地

PICT0162

車窓に5秒ほど映った光景がこれ。これで全景です。
あっという間に過ぎ去り、帰りの列車でカメラに収めました。
見たところ、長い方の幅でも200m無いんじゃなかろうか。
「ファイヤーバレー」と掲げられた看板、火の谷温泉と書いてありました。
…無理して英訳しないでも…

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伊勢奥津に降りる

PICT0108
伊勢奥津の駅で降りる。駅前の坂を少しばかりくだるとT字路に突き当たる。
車1台通れば一杯になってしまうようなその道は伊勢本街道と書かれており、昔ながらの町並みが残っていた。
小さな火の見櫓のような物があり、何かと思えば半鐘がつるされている。
タバコと塩の専売看板を出した店、格子の窓の家…
不思議なその一角を過ぎるとコンクリートで出来た普通の郵便局があり、ここからは日常の世界に戻る。
川底がよく見える川の流れ、先端がかすかに赤くなったモミジの木。
一日三本のバスがやってきて駅前に止まる。「名張駅前」と書いてあったバスを横目に、再びディーゼルカーに乗った。

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2005年10月16日 (日)

名松線

松阪で名所線に乗り換え。
最近までタブレットと腕木信号が残っていたので話題を呼んだ名松線。
乗ってみたら畑と住宅の点在する単調な車窓で眠くなる。駅毎に目が覚め、後はうつらうつら。
折角乗りに来たのにもったいないなぁと思っていたが、それも近鉄の線路が見えた辺りから変わってきた。
近鉄の線路が離れて消えてしまうと、いよいよ並行路線のない名松線だけの区間になる。
交換駅は片っ端から線路を剥がされて棒線化している。
交換駅が来ないなぁと思っていたら家城で交換設備があった。
運転手が駅長に渡したのを見ると…タブレット!?
タブレット閉塞は終了したはずと思っていると、「スタフよんかく!」と渡している。
PICT0196
なるほど、見れば信号てこがあったところは塞がれてしまい、代わりにスタフ置き場ができている。
程なく信号が青になって出発。
ここからが面白いところで、列車は川に併走して走るようになる。
河原に巨石がごろんごろんと転がっていたり、車窓に蜜柑や柿の木を見つけては秋を感じたりする。
水田には刈り取られた稲が干されており、線路沿いのススキの穂が風に揺れている。
綺麗な川だと思っていると、終点伊勢奥津に到着。
一本の線路がそのまま終端に突っ込んで終わり、ポイントすらない駅であるが、行き止まりの先に蒸気機関社用の給水塔が錆びて残っていた。駅前からは、一日3本、三重交通名張行のバスが出ている。
名松線は、松阪と名張を結ぶ計画であったが、夢半ばにして止まってしまった。
バスも鉄道も今はローカル輸送のみを行い、名張~松阪の連絡は近鉄がその役目を果たしている。

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快速みえ

PICT0031
7:50の快速みえ鳥羽行(土休日運転)に乗車したが、この快速、こうも愉快な列車とは思わなかった。
関西本線はしばらくライバル近鉄の線路と併走するのだが、近鉄の誇る特急アーバンライナー鳥羽行とデッドヒートを演じるのである。
名古屋駅を出発し、大きなカーブを描いて新幹線の高架をくぐると右手に近鉄の線路が見える。
すると、後ろからやってきたアーバンライナーが、悠然と抜いてゆく。
こっちはディーゼル快速、向こうは電車特急。抜かれちゃうんだな、と思っているとさにあらず。
カーブを曲がり終えた辺りからエンジンが「ドルルルルン」と唸りを上げる。
急行かすが、武豊線にも使われている大出力ディーゼル車両だが、「快速みえ」で近鉄に一矢報いようと設計された車両である。負けるわけにいかないとでも言っているかのようだ。
エンジン音がひときわ大きく響いたかと思うと、こんどはこちらがジリジリと追い上げる。1両、2両と抜いていって、勝った!と思ったらポイント通過で減速する。
そこは単線の悲しさ。Y字のポイントを通過する度に速度を落とさねばならないのである。
近鉄はというと複線である。悠々と追い抜いていってしまい、負けた気にさせられる。
ところが、駅を抜けるとまたしてもエンジンが唸り、じりじりと追い抜いてゆく。
今度こそ勝った!と思うと、またしても駅。この繰り返しなのだ。
かつての京浜急行では、併走する東海道本線の列車を目の敵にして運転していたという噂がある。
乗客も東海道本戦に抜かれるのは癪だったらしく、乗る都度に勝った負けたと一喜一憂していたというのだから面白い。東海道本線は真っ直ぐで、京急はカーブが多くあちこちで速度制限がかかっている。それゆえに持ち前の加速力で追い抜いたときは愉快だったのだろう。
さて、話を戻して「快速みえ」
近鉄の線路が、JRの線路を跨ぎ越す時、私が見たのはアーバンライナーの尾灯であった。
そして、線路は左右に大きく分かれ、見えなくなってしまった。
面白い見ものだったと思っていると、大きな川を渡った。
するとどうだ、先行するアーバンライナーを橋の上で抜き去ったではないか。
再び線路は見えなくなり、ライナーとはそれっきりである。

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味噌カツ&エビカツ駅弁

PICT0029
朝食は前回同様、名古屋駅のコンビニで購入。
前回もみ名古屋ミソの弁当だったのだが駅弁ではない普通のコンビニ弁当だった。
コンビニ弁当としては良い方だが、やはり大味なのは隠せなかった。
そこで今回は奮発して駅弁のマーク入りのを買う。¥850である。

…駅弁にして正解でした。旨い。
ご飯が足りなくなるほど箸が進みました。

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武豊線

ムーンライトながら、7号車(名古屋止)に乗車。
行き先の候補は複数あったのだけど、いぜれにするのか決めかねたままの出発である。
結局、蒲郡界隈で目が覚めたので乗ったことの無かった武豊線に乗ることにする。
武豊線は非電化単線である。しかし、使用している列車は急行かすがにも使われる大出力エンジンの車両である。
電車ではないかと思うほど加速がよい。
真っ直ぐな線路をひと思いに加速すると、あれよあれよという間に次の駅といった案配である。
しかし、車窓を見て気がつくのが駅間は畑が多く駅が近づくと最近建ったばかりの家が多いこと。
関東の家と違って、家の前が車で溢れかえっているのが特徴的だ。一件に2台3台ある。さすが愛知、トヨタのお膝元である。
だが、車3台維持するのはなかなか大変ではなかろうか。つくづく車いらずの生活が出来る現状を有り難いと思う。
途中から工場引込線を見かけるようになるが、今は使っていないところが多く残念だ。
終点の一つ手前の駅で交換。実はこれ、効率が悪い。折り返し停車時間が延びるからである。
その分、車両は何もせずに眠っているわけだ。5分で折り返し、といった運用の方が効率的なのである。
だが、サービスという面からすると、いつ行っても駅に列車がいるという安心感につながる。
暑い寒いとホームで待つより、車内の方が快適だろう。来るのを待つより、乗って座って発車を待つ方がいいに決まっている。
PICT0027

終点、武豊に着いて理由が分かった。400m歩けばライバル名鉄の駅。知多市のシェアを奪い合っているのであった。
武豊のホームから先はいかにも旧線路敷という形で道床が続いている。橋桁は撤去してあるが、コンクリ橋脚は残り、小さな川を跨いでなおも続く。
地図を見ると貨物側線の機回り線の類があったと推察される。
名鉄の駅前まで見に行った後、やってきた列車で名古屋へ戻る。折返の区間快速名古屋行だ。
最初は起きていたが、2駅としないうちに寝てしまい、気がつけば出発駅の大府、名古屋まで寝て乗り通した。

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