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2005年12月25日 - 2005年12月31日

2005年12月31日 (土)

コミケ2日目朝を振り返る

朝から順番に。

起床4:40。朝食はコンビニカレー。友人の車で移動中に食べる。お茶も買ったがカレー皿を置く場所がないので封を切れず、全然飲めなかった。

会場到着5:40、スタッフ作業現場到着6時。
一般入場待機列の計画が大幅変更になって「今日は祭だ」と言われて頭を抱える。1日目は使えていた待機場所が使用禁止になったそうな…参加者が花壇を踏み荒らしたせいじゃなかろうかとか、色々考えるも理由は謎。
ともあれ、周辺からクレームが一つ上がる度に段々不便になっていく。ただでさえ周囲の視線が厳しいんだから、参加者はもうちょっとモラリストになってほしいもんです。

んで、コンビニ前で死んだように眠っている人を片っ端から起こして廻る。コンビニ側もよく我慢しているものだと思ったら、コンビニ前での宿泊禁止の張り紙が出ている。
「皆さん!立ち上がってください!立てますか?たまに体温が下がって立てない人がいます。お友達は大丈夫ですか?立てない方をこれから救護室に案内します」と言ったら全員血相を変えて立ち上がる。以前本当に立てない人がいてから起こして回るようになった。
ここでの座り込みは禁止である旨を告げ移動を促すが、見れば周囲はゴミだらけである。
「ゴミを放置しないようお願いします。あなたはゴミと一緒に大切な物を捨てています。そもそも良心なんて無いと言う方は、自分の分身として犬みたいにゴミでマーキングをしているのです。私は皆さんが良識を持った人間であると信じてます」…今振り返ると挑発しているみたいであんまり良い文句じゃない。これは徹夜組ではなくギャグとして受け止める余裕がある人々に言う台詞だなぁと反省したわけであるが、ともあれゴミがちゃんと回収されたので良しとしよう。
…とまぁ、色々喋って「共に良いコミケを作ろうじゃありませんか!」と締めくくり、まばらな拍手と怨嗟の溜息の入り交じった音を聞きながら移動。
あちこちでオットセイの死骸みたいになっている。始発で来ても大した時間差無く入場できるのだから意味がない事に気がつかないのだろうか。徹夜をすることに意義を見いだしている最先頭の連中の行動の方がまだ理解できる(どっちも迷惑であるが)

サークル入場開始、徹底的に待ち合わせ広場を綺麗にして戻ったら始まっていた。
サークル入場口近辺は相変わらず待ち合わせなどでごった返し、常に1通路潰れている状態である。まず買い出し組の集会を排除。「こーいうのって、事前にネットで決めてくるのが普通じゃないの?」と言ったら、「事前に決まれば苦労しませんよ!」と捨て台詞。「それって、管理能力無いって宣言しているようなもんじゃーん!」と言ったらそのまま立ち去った。
さて、買い出し組を排除して空いた空間に、待ち合わせ中のサークル参加者を移動させる。そうして空いたところに通路を塞いでいる人を移動させて終了である。

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2005年12月30日 (金)

祭勃発と終了

祭だ!祭!
昨夜、衝撃と共に発表された一般入場待機列の大幅変更の可能性。
TV局まで列が続いてしまうのかー!と、動揺の中で幕を開けた本日。
祭だー!と皆が叫び、管理職まで根こそぎ前線に投入された今日の一般入場は関係者の努力により午前中に完遂することが出来た。

10:30頃に入場中の人に聞いてみたのだが、9時に駅に着いたという人は観覧車の近くに達した列に並んだという。
その後、11時頃に聞いてみたら「すぐそこの階段の下」との事。
行ってみたら既に列形成は終了しており、駅から来た人がそのままセンタープロムナードを直進してきておりました。

で、今回は色々逸話もネタも多いんですが、体が限界なので今日はここまで。
…あー、面白かった。

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2005年12月29日 (木)

一日目終了

会場到着してジャスト13時。国際展示場駅のエスカレーター運用が下り1、上り2から、下り2、上り1に切り替えるタイミングでした。
まずは我が班の詰所によって、とりあえずヨメサークルに顔出してからスタッフすると宣言。
で、サークルスペースに行ったわけです。
…お隣スペースの渚小町さんはコピーに行っている最中で会えずじまいでガックリ。
あとは行きつけの留美子サークルに顔出してご挨拶。

その後、腕章受領してスタッフ活動開始。

んで、今回のトピック。
・ハンディカムで通行人を撮影している人がいるんで注意してください!と女の人に言われて着いていったら、その人帰宅途上のスタッフ。(勇気が出なかったらしい)しかも逃げた後だし。
・新人を連れて教育。座り込んでいる参加者の近くで「ここでのチェックポイントは分かりますか?」「消火栓の確認です」「そうですね。その他にも防火扉前の座り込みはいけませんね」「では、実際に移動をお願いしてみましょう」
…と、周囲に聞こえるようにやってみた。
こうなると一種の演劇のようなものである。注意する方もされる方も一種の約束の上に成立する。
周囲の人も「やぁ、新人教育ですか」とか声をかけてくれる。
繰り返すこと二、三回。新人君の行動パターンが分かったところで数点アドバイスして、今度は耳元で「じゃぁ、やってみよー」

んで、屋外に出てみると看板持ってる人が。
その人の近くで新人君に聞いてみた「長物は何センチまで持ち込めますか?」「30センチです」
「では、あれは何センチに見えますか?」「1mです」とやりとりしてから「では、実際に声をかけてみましょう!」
「…えっ…なんて言えば…」
仕方ないので、おいらが声をかけました。
「恐れ入りますが、コミケでは30センチ以上の長物は…」
「ああ、駄目かと思って分割式にしたんですよ。ほら!」
「それは確信犯じゃないですか!」

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埼京線大混雑

埼京線新宿以遠(大崎方面)って、平日データイムでこんなに混んでいたのかって状態。
乗車率110%ですよ…
とりあえず座れたから良しとしよう。
有明まで後30分…

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会社出発

ようやく有明へ向かえることになりました。
上司から直前に依頼されていた作業の終了報告とともに「良いお年を」と言おうとしたら、「あれもやっといて」
えー!?そんなぁぁ…

出発30分延(TT)

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カチコチカイロ

ただいま出社中。
昼からは有明の海風との戦いになるので、カイロを多数携帯する。
なにせ、昨年のデッドストックがかなりの量あるのだ。

お、これはいいと思って取り出したのは靴用カイロ。
凍てつく足下もこれで…と思ったらなんとカチンコチンに固まっている。
どうやらパッケージの中で酸化してしまったらしい。見れば有効期限は2002年…
だめだこりゃ。

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2005年12月28日 (水)

絵を変えてみた

mixiやweblogの前の絵は暗くてよく分からないと言われていたので、自サイトの絵に変えてみた。
一気に軟派になった気がするのだが、まぁいいや。趣味でやってるんだし、趣味そのまんまだし。

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ぬかよろこび

明日はコミ…いや、仕事納めである。
朝訓示があって即帰れるらしい…という噂があって期待していたのだけど、訓示の時間が昼近くになりそうでガックリ。

…会社から直行して、まぁ昼ぐらいからスタッフできるんではないかと。

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2005年12月26日 (月)

続・いなほ脱線

一夜明けて新聞報道を見ると、線路上にあった車両は先頭ではなく最後部だったようだ。
運転士の証言では鉄橋上で異音との事だったから、突風による脱線の可能性が高い。
事故当時の風速は21m程度だったようだが、規制値の25mには達していなかったという事を考えると、重い鋼製車なのに21m程度の風で脱線したのかというのが問題である。
また、新聞報道の風速が気象台発表であり現地の風速でない事にも注意が必要だ。現地では瞬間的にもっと凄い風が吹いていた可能性もあろう。
ともあれ、従来の風規制を見直す必要性が出てきたのではなかろうか。
風速何メーター以上なら、風速が下がって30分や1時間経つまで抑止というスタイルではなく、風の変動を予測した規制に移行する時期が来ていると思う。
そういう風予想のシステムは実用可能な段階まで来ている。何年かフィールド試験を行って導入の可能性を探って欲しいものだ。
今回は朝6時の報道で、死者3人の大事故となった。夜間のいなほではなく、もっと混雑した列車だったら被害者の数は1桁上回っていただろう。

…と、ここまで行きの通勤列車の中で書いていたのだが、帰りの列車で最新の報道を見ると、大体予想通りのことが書いてある。
相変わらずトンチンカンな報道をしている新聞社もあるようだが、どちらにせよ、死者4名(18時時点)という結果は重く受け止めねばならない。なにせ、乗客の1割に達する数字である。
とかく死傷者数で物事を判断しがちであるが、事故の深刻性はそこではない。容易に再発防止が出来ない事故こそ真の脅威であり、今回の事故はその可能性がある。

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2005年12月25日 (日)

いなほ14号脱線・その2

20:10現在の現場映像がNHKで流れた。
485系リニューアル編成の側面がひしゃげている。
鋼製車体でこれなのだから、かなりの衝撃であると推察できる。

21時NHK報道ではけが人十数人。映像を見る限りでは先頭から2,3両目が横転したのではないか。
編成表を見ると4,5号車で自由席である。
(NHKのレポーターはキャスターに何号車か聞かれても分かりませんとしか言わない。カメラが寄れば写せるはずなのに)
指定席と違って乗車人数の確定が難しいが、この時間のいなほであるから混雑していたとは考えにくい。
ともかく、被害者が軽傷で済んで欲しいものだ。

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特急いなほ脱線転覆

TVのテロップでいなほ脱線転覆の報道で驚いた。
この時期の脱線というと、踏切部分の圧雪に乗り上げて脱線が大半なのであるが、共同通信の報道によると鉄橋上だと報じられている。
報道の初期段階で結論を急ぐのは控えたいが、仮に鉄橋上の転覆だとすると営団地下鉄東西線の転覆を思い出す。
鉄橋上の事故で最も有名なのは山陰本線餘部鉄橋からの回送列車転落事故だろう。高架下のカニ工場の従業員が空から降ってきた客車に潰されて亡くなっている。
どちらも、原因は突風である。
餘部の事故原因は風速規制の不備だったが、従来は隣接駅にベテランの駅員がいて当地の気象を熟知しており、長年の経験で列車を止めていた。合理化により無人駅となりノウハウが途切れたのである。

最上川にかかる鉄橋の南500mとの報道もある。救助、復旧の観点からこちらが正しいと信じたい。
少なくとも現場が北余目~砂腰間なのは間違いないだろう。
日本海縦貫線が塞がると対北海道の物流は大打撃である。波及の大きな羽越本線、犠牲者が少なく済むことと早期復旧を祈念したい。

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ケーキ三連

23日にケーキを作り、2人で1ホールたいらげた。
24日にケーキを作り、2人で1ホールたいらげた。
25日に自家製ケーキを2種類食べた。
更にホテルメードのケーキが500円引の看板を前に「いいなぁ」とか漏らしているんだからもうどうしょうもない。

まぁ、3日間連続でケーキを腹一杯食いまくるのはもう一生無いだろうなぁ。

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