« 一回休み | トップページ | 第90話 地獄のキャンプに桃源郷を見た! »

2007年9月14日 (金)

第89話 はっぴいバースデーマイ ダーリン

第89話 はっぴいバースデーマイ ダーリン

名作の誉れ高い今作。

若さ故の感情の齟齬、恋愛関係だからこそ発生するもつれ。
みていて焦れったいこの様がいいんだよなぁー。
まぁ、見ている最中感情移入しちゃってやきもきしたり泣きそうになったりじたばたしたりするわけですが。

誕生日を忘れていた、ってのはひどい(笑)
それは結婚後ン年経った後に奥さんの誕生日や結婚記念日忘れだして、そっぽ向かれる…というのがセオリーであって、つきあいだして1年半、しかも押しかけ女房でやってきて結婚もしていないのに女房気取り、それでいて誕生日忘れているというのでは非難されても仕方ない。忘れるのは通常男の役である。
この時の対応も悪かった。4月13日!とまで声高に主張するのを尻目に無視同然。
「4月13日は俺の誕生日だ!」と言われた後の取り繕い方も「完全に忘れてました」と分からせるに十分だ。
知らなかったのなら話は分かる。忘れてたのだから、怒る。

…まぁ、それにつけても自分の誕生日を口にしちゃう大人げなさときたらどうだ。
相手の関心が向いていないときに話をすることの無意味さというものを全く無視して懸命に気を引こうとする哀れさときたらどうだ。あたる、ひたすら哀れな男である。そして大人げない。
大人になりきれない二人の、大人を演じられない二人の、高校生らしさがそこにある。
理屈で割り切り、感情を抑圧して迎合するのは大人の仕事であり、青春時代を謳歌する二人には似合わない。
迎合は妥協を知ってからすることであり、妥協は諦念と同様に若者のすることではない。
それ故に、若さを絵に描いたような二人の歯がゆい様ときたらどうだ。
痛痒と羨望。一見矛盾するかに見えるこの二つが渾然一体となって展開する様子を俯瞰するとき、我々は既に若者でなくなったことを悟る。
我々は諦め、迎合、妥協といった処世術と引き替えに、駆け引きに至らないストレートな感情の吐露の結果である、俗に言う「甘酸っぱい恋」というものを失ったのだ。
それが如何に貴重であったか、失って初めてわかるのである。

…んで、つっこみポイントいくつか。
あたるが本を読んでいる横に積んである箱が「ハイスクールラムちゃん」って書いてあったり、あまつさえ部屋にパッケージ入りで積んであったりするのは…
ラブラブ妄想を敢えて行うのであれば、ラムちゃんフィギアを買って積んでいるあたるって…

もはや人口に膾炙した感があるので、逆さの本を読んでいるとか、草むらで転がる様だとか、サクラさんの注文方法だとかアドバイスだとか、その辺についてはあえてふれまい。それは先人が私よりよーっぽど深く考察を付けて感慨深く語っているはずだからだ。そして、あと4分で日付が変わるのを見て、既に語るに足りる時間を持ち合わせていない事を私自身が悟ったからである。

|

« 一回休み | トップページ | 第90話 地獄のキャンプに桃源郷を見た! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/141021/16449623

この記事へのトラックバック一覧です: 第89話 はっぴいバースデーマイ ダーリン:

« 一回休み | トップページ | 第90話 地獄のキャンプに桃源郷を見た! »