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2006年12月31日 - 2007年1月6日

2007年1月 6日 (土)

コミケ71総括

米ヤンのいないコミケ。弔い合戦ならぬ弔いコミケとして成功(=無事故)が叫ばれていたわけであるが、将来に禍根を残すようなトラブル無く終了したと見てよいのではないかと思っている。

さて、3日間を通じて自分で購入した本はゼロ。友人に頼んで買ってきてもらったのは梶山先生のところだけ、あとは友人から「かさなや」のラムちゃんの本を分けてもらった程度で、結局3冊どまりであった。

スタッフとしての仕事を振り返ると、前半しょんぼり後半楽しいといったところ。

初日:職場経由で昼から参上。腕章を付けて12時頃に現場に着いたら「14時到着って聞いていたから仕事無いんですよね。先に休憩とってください」と言われていきなり休憩に。特記事項特になし。渚小町さんのところでまったり喋ったくらいだろうか。今回は小町さんのうる星本が落ちてしまったので、留美子系スペースにおけるうる星申込サークルの新刊は無し。小町さん以外に誰かうる星で申し込んでいた人はいるのだろうか。

2日目:ホワイエでまったり。一般入場の修羅場中も人が来ない場所でしょんぼり。2Fは修羅場なのに、1Fは暇だーと思っていたら、急に人が押し寄せて待機場所パンク。自分で列整理用のコーンバーを撤去した矢先の出来事だったので混雑度の時間変化とトラブルに対する備えが不足していた。素直に反省。
それにしても、館閉鎖後のアナウンスとかやると、自分でも声と表情の使い分けができるようになったものだと思う。昔は「自分の非を棚に上げてヒステリックにわめく」御仁の対応に苦慮したものだが、今回は全くなかったので喜ばしい限り。
朝みかけた『東京ビッグサイト警備監察に関する特別規則第9条』の看板。会場側の禁止事項(通行妨害や飲酒、持込規制など)はキチンと規則で定められていますよという物なのだが、この、東京ビッグサイト警備監察以下略という単語を口にしたくてしょうがない。
買い出し組の巣を散らすときに口にしてみたいなぁと思っていたら、夕方その機会を得た。
「…こういうのは会場側から禁止されているんですよ。ちゃんとそこの看板に『東京ビッグサイト』…えーと『東京ビッグサイト警備監察に関する特別規程第9条』ってのがあるんです」
…ダメだ、長くて覚えきれん。特別規程じゃなくて特別規則だし。

3日目:北コンコースで一般入場列側面整理。自分の後方50mの列を崩さずに維持しなければならないのは大変なのだが、途中から列幅を狭めんとガードマンが仁王立ちしてくれたので大分楽に。一般列が北コンコース内で会場を待っている間に色々アナウンス。
「注意事項ですが…ここにいる皆さんはコミケのプロでしょうから、省略します!」
「ただし、一点だけ。素人は列からはみ出て走って人を抜きますが、プロはそんな事はしない(中略)ここにいる皆さんはプロばかり。列が動き出しても走り出さず整然と移動し、私を感動させてくれると信じています」
会場後、確かに整然と移動した。みんなありがとう。
夕方、エントランスホールで5年前に知り合った熱心な真琴ファン(私は彼のことを今でもまこぴすと、と呼んでいる)と久々の再会。「今でもスタッフやってるんですか?」と言われたが当然である。5年前も今も、今後もコミケスタッフを続ける事しか考えていない。
Kanonから7年の歳月が過ぎたが、彼はアニメで真琴への愛を再確認したようだ。結構なことである。
閉会直前に黙祷放送。ベルさんの放送が良く聞こえるようにスピーカー直下で黙祷。
皆、会場が一瞬の静寂に包まれた、と言っているが足音が耳についてあまり変化を感じなかった。
しかし、20秒の黙祷は心を揺さぶるには十分であった。スピーカー直下からエントランスホールに出た次の瞬間、二人組が私を見つけてこう言ったのである「朝のアナウンス、心に響きました」と。
私は「そうですか。皆さんのおかげで、無事閉会を迎えることが出来ました。ありがとうございました。また来年も、ここでお待ちしています」といったような事を口にしたように思う。
無事閉会のくだりで、じんわりと目頭が熱くなった。
無事閉会、天国の米ヤンに我々が贈る手向けの花となったろうか。

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