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2012年5月28日 (月)

三江線に乗ってきました

三江線は二度目、とはいえ全線を通じて太陽が出ている時間帯の三江線に乗るのは初めてです。
今までに感動した路線を挙げよと言われると冬の陸羽西線をあげることにしています。
雪のない麓から川の流れを辿って山中へと分け入っていくと次第に川幅が細くなり、やがて一面の雪景色に。
ここ、三江線も同じように川の流れを辿っていく路線。ゆったりとした大きな流れに始まり、次第に川を上っていきます。列車は恐らく昔の街道筋であったろうという旧道と共にゆっくりと進んでいきます。
駅の「停車場中心」のペンキを見ると、起点から30km。ここまで1時間だから評定速度は僅か30km/h。山肌にへばりつくようにして進むとすぐ徐行区間に入り、ハイパワーのエンジンをアイドルにしてゆっくりと進みます。
最初、観光向けにわざと景色の良いところで速度を落としているのかと思ったほどです。
驚きだったのが堤防のこと。この路線は何回か堤防を越えていくのですが、線路の高さが堤防より低いため、線路に水門が付いているのです。有事の時は締め切るんですね。これには驚きました。

平行する道路は三江線がトンネルに入る直前に左に折れて山を迂回。車はダンプがきたら逃げ場のない細道でくねくねと曲がっています。
P1280799
そして新しい橋が対岸の集落との間を結んでいる。
見れば対岸の建物は比較的新しい物ばかり。2車線の高規格道路も通っています。バイパスがあるんですね。
風情を感じるのはどちらと問われれば、無論こちらの岸。
旧道も法面を整備して拡幅工事何かやっている。ここまで旧道、ここからバイパス接続工事で整備したところなんてのがはっきり分かる構造になっています。
一駅ずつ学生を拾ってきた列車は石見川越駅で学生をすっかりおろしてしまいます。そしてまた、一人、また一人と学生を拾って走る。竹駅では駅への道を悠然と歩いてきた学生が、丁度ドアが開くと同時に乗ってきてまるで計ったかのようなスムーズさ。列車が見えたからと慌てることなく、かといって列車をまたせることもない。実に見事なモンです。
石見簗瀬駅では息を切らせた女学生を2人乗せて出発。ボックス席でノートを広げ、勉強熱心で実にほほえましい。
彼らを浜原の1つ手前の駅で降ろし、浜原で列車交換。
交換列車には親子連れが手を振っていました。見れば車内では親戚であろう何人かが席を立って手を振り替えしていました。
浜原を出ると列車は俄然速度を上げて本領発揮。なんだこの早さは。今まで京成本線を走っていたのが成田スカイアクセス線に入ったのかという位よい走りをします。
三江北線として建設された区間と、鉄建公団が高規格線として作った路線の違いというわけですね。
駅舎も国鉄型の立派な駅から鉄建公団らしいコンクリの小屋みたいな駅舎(四国の公団線区間でよく見ます)に変わりました。
カーブでも結構速く走ります。踏切もなく、ノッチ入れっぱなしでぐんぐん加速する。
三江線が全線鉄建公団線でできていたならば、今頃陰陽連絡の要になっていたでしょう。
皮肉な物で、高規格の鉄建公団線はローカル線ばかりが作られ、高速幹線の整備は微々たる物でした。ローカル線は完成すると赤字になって経営を圧迫することが予想されたので予算は全国にばらまかれて遅滞戦術を取る事となり、完成前に放棄したり完成しても廃止されたりしたのです。
鉄道が政治に翻弄された悪い見本でした。もし、幹線整備に振り向けられていたら、日本の鉄道の競争力は大幅に高まっていたでしょう。
鉄道が今後も維持できそうな区間は明治の頃に建設され、当時の低速、小頻度運行向けのインフラを元に今まで使われているのが実情です。
ちゃんと改良するとどうなるかというと、特急がビュンビュン走る北陸本線みたいになるわけですね。
実際、鉄建公団が建設した同区間は85km/h程度で走っていました。速い。ただ、JR西日本の安全対策なのか、トンネルの入口で斜面が急なところは30km/h制限があり、がくんと速度を落とします。これさえ無ければねぇ。
さて、口羽を過ぎると「三江南線」として建設された古くからの路線を走ります。速度は再び落ちてしまい、30km/h制限区間が続きます。
ダム状になっている発電所の取水口を横目に見つつ、山肌のカーブを右へ左へ。
窓越しの日差しはぽかぽかとあたたかく、つい夢見ごこちに誘われそうになります。
いかんいかんと気合いを入れますが、ここは眠気に身を任せてしまった方が正解なのかも知れません。
やがて列車は三次に着き、駅前の喫茶「トラジャ」でモーニングを注文。PCを広げたらなんと「電源あるのでお使いください」とのこと。
ありがたくPCとカメラの充電器を接続させてもらいました。

三次からは快速みよしで一路広島へ。
西三次はかつて貨物側線があったようで、旧貨物ホームとおぼしき土台の上に倉庫が建っています。
次々と駅を通過していくと、次第に建物が変わってきました。
建物の外壁に柱を見せるタイプの建築、これが洋風だとハーフティンバーになるわけですが、日本家屋だとなんて言うんでしょう。
思えば、昨日乗った福塩線だと更に漆喰やら模様やらをあしらっていて豪勢な感じがしましたが、こちらのは豪壮さはない物のすっきりまとまっていて美しい仕上がりです。瓦の色は黒、灰色、赤茶色といったところ。これも山陰側が赤茶が主だったのに対して比率が半々になっていきました。
瓦はその産地によって色が違います。すなわち生産箇所の土の色ですね。
広島市街が近づくと様子が一変、駅も近郊路線の装いに。
次第に込んでいって座席が埋まり、立ち客を乗せて広島駅へ到着です。

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