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2013年2月20日 (水)

東北一周乗り歩き

年末、クリスマスの頃に東北一周にいってきました。
八戸せんべい汁大使の呼びかけで行われたせんべい汁の会に参加した際、八戸観光大使から八戸の観光スポットを色々教えてもらっていたので仙台行の指定席特急券を乗車変更してまずは八戸まで。
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座った席はVVVFの直上らしく、ノッチの入り切りが手に取るように分かる。頻繁に入れてるので速度制限ギリギリですっ飛ばしているっぽい。
車窓に見える通過駅の駅名票が読めなくって、「あぁ動体視力落ちたな」って思ったけど、単に新幹線の速度が速くなっただけだった。
車販が来たので作り置きとは知りつつもコーヒー頼んだら「Aromatic Train Cafe」ってカップに書いてあって、蓋も開けてないのに香りが漂いだした。看板に偽りなし。なんで新幹線のコーヒーってUCCのポットから出てくるだけなのに美味しく感じるんでしょうねー。劣化しにくいブレンドなんだろうなぁ。
「白松が最中」の看板が目にとまるようになると宮城県。
それにしても、東北新幹線も速くなったもの。あっという間に仙台を過ぎて、そうこうしているうちに八戸到着。
八戸の滞在時間は1時間。駅前でタクシーを拾って櫛引八幡宮へ。
前々から見たかった国宝の大鎧が目当てです。写真撮影禁止なので紹介できないのが残念ですが、2領の大鎧、どちらも立派でした。
「白糸威褄取鎧」が目当てでいったんですが、現物を見て心を奪われたのは「赤糸威鎧」の方。堂々たる大鎧のシルエットに映える赤糸!褪色が進んでますが元はさぞやきらびやかだったんだろうなぁと思います。そして兜の細工の美しいこと!鍍金は金の電気メッキと違い、キラキラしておらず落ち着きのある美しさを放っています。そこがいいんだな。今では当時の技法により鍍金を施すことはまずなくなりました。水銀を蒸発させる手法のため、水銀中毒になってしまうからです。
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存分に堪能した後は櫛引八幡宮の拝殿などを参拝。旧拝殿にはなんと、大正時代に電柱を寄進した人の名前が掲げられていました。
待たせていた帰りのタクシーに飛び乗り運転手さんと会話していると、旧南部藩としての思いの強い八戸の県民感情に話が及び、非常に興味深い内容でした。

さて、八戸駅からは快速「うみねこ」へ。海が見える席は1人がけシート!
観光案内に地元NPOが乗り込み、車窓からウミネコの繁殖地の蕪島、種差海岸を案内してもらいました。
列車は八戸市街の外周をぐるりと回る感じで進んでいくのですが、目に止まるのが窓際の網籠。干物作りを行っているのです。魚が入っていたり、柿が入っているようでした。
海を眺めながら進んでいくと砂浜にドラム缶が綺麗に並べて立ててあり、文字が書いてあるようです。
なんだろうと思ってみてみると「ありがとうJR」の文字。
これにはじーんと胸に迫るものがありました。
さて、久慈からは部分復旧した三陸鉄道北リアス線へ。
「こたつ列車」に乗ろうとしたものの、「当日販売は車内精算で」と人気の様子。
列車に行くとTV局の撮影でカメラマンやら音声クルーやら、何人もホームに固まっています。
結局、こたつ列車は満席。しかし、TV局の一団が途中駅で降りるとのこと、そこからこたつ車両に移動することになりました。
列車が走っているのは復旧が早かった区間、すなわち復興が比較的早く進んでいる区間の筈。
しかし堤防は無惨に壊れ、列車の視界を遮っていた林は跡形もなく消え去り、賑やかにトラックが往来していると思えば積み荷は瓦礫。処分場・区分場は山と積み上がっており、広域処理の進展が望まれます。
トンネルを抜けて漁港を見ると、建っている建物は軒並み仮設プレハブ。防波堤があると思えば真新しく、漁船はまばら。
しかし、トンネル区間でやってきた「なもみ(なまはげの久慈版)」に乗客の耳目は集中!
1人だけ乗っていた幼児が本当にバケモノが来たと思い大泣き。その様子に車内爆笑。
一通り車内を巡った後お面を脱いで御挨拶があったわけですが、やたら新しい鬼の面は聞いてみると秋田から取り寄せたとのこと。伝統行事の筈なのに、何故秋田からと一同いぶかしがると津波で流されてしまったのだそう。
伝統行事も復興させている最中なのでした。

さて、列車は途中駅の田野畑止まり。高台移転の真っ最中でした。
田野畑からの不通区間は路線バス。いままで曖昧な認識であった高台移転の問題が現地見てやっと分かりました。新聞TVじゃ図のような山の絵を描いて「高台に住居移転」って書いてあるけど、いろは坂の下から上に引っ越しましょうって言ってるみたいなもんだ。
TVで言っていた高台移転のイメージはこう。
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高台移転の現実はこうでした。ヘアピンカーブの道の果てが駅。その向こうに海。移転先は更にここから山を越えた先で、駅から写真の地点までの移動と同じくらいの時間を要したと記憶しています。この写真が海が見える最後の地点だったのです。
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路線バスは山の中の忽然と現れる田野畑村中心部を抜けて小本駅に到着。
途中すれ違った車の半数はダンプカー。復興輸送の表示を掲げて瓦礫を運んでいました。
駅前の仮設商店街で地元にお金を落とそうと土産物を期待したら、完全に近所のスーパーと同じような品揃え。それもそうか。しかも、大手スーパーよりよっぽど安い!なにこれ!利益でるの?と驚くほどでした。
そんなわけで菓子と飲み物を買って宮古行列車へ。「てをつな号」でした。
車窓の景色は「海が見える」の一言に尽きます。
震災前は「海があまり見えない路線」だと思ってました。復旧区間は瓦礫の撤去が進んだ区間。建物がないのです。コンクリの基礎から間取りを推察するのみ。駅舎跡と思われるコンクリの廃墟では、持ち込まれた品々の泥を落としている最中でした。後に、この作業が如何に大変かという話を聞くことになります。
宮古に向けて次第に乗客が増え、地域の足として交通弱者の生命線になっていることが分かります。
宮古からは盛岡行に乗車。こちらは高校生の大群。かろうじて座れましたがもう1両増結しても良いんじゃないかという混み具合。途中駅で少しずつ降りていくと共に車内が空いていくのですが、最後の高校生が降りたのは始発から1時間が過ぎた辺り。遠距離通学だなぁ。

盛岡では駅前のチェーン店を避け、おばちゃんが一人で切り盛りしている地元の居酒屋を見つけて飛び込んだら大当たり。通年でやっているメニュー(板書き)じゃなくて、その下に紙で貼ってある物が旬の物だと気づいてからは出てくるものどれも美味。ネットに書かれたら困ると言われたので店名は秘密。
食べる前に写真を撮る人が増えた、twitterにでも流しているのかしら、でもうちの名前は出さないでね困るから、とおばちゃんの弁。何故と聞くと、紹介された物だけを頼みに来る客が来て困る、旬じゃない物を食べたがって困る、だから○○を見てきましたという人は厄介なのだとか。
客は私一人。
ところが、十数名でやってきた客を「ごめんなさいね、一杯です」と言っておばちゃん追い返してしまった。
「実は席は二階にもあるから入るんだけど、私一人じゃ満足行くもてなしができないからね」と、ぽつり。
おばちゃん、遠方から常連が来るって理由分かったよ。
その後、常連さんが1人、2人とやってきたので入れ替わりに辞去。
腹一杯になって、気がつけばおばちゃんと2時間くらい話してた。
震災後の盛岡の裏表、色々聞かせてもらったけど、さっき見た瓦礫の中から見つけた品々の泥落としの話が一番記憶に残る話でした。泥と言っても、ただの泥じゃない。生活排水やらなんやら色々混じった汚泥だから、下手に触ると感染症にかかりかねない。それでも、そこに住んでいた人々の大切なものがあるから続けているのだ。泥をかぶった個人宅の汚染除去が大変とか。

さて、翌朝はIGR+青い森鉄道経由で青森へ。今回の旅行の目玉の一つはコレで、今までこの区間は夜行で移動していたものだから昼間の景色を知らない。それ故にもう一度昼間に乗りたかったのです。東北本線は上下線が離れたりして乗っていて面白い。それは盛岡以北でも同じでした。
青森ではリゾートあすなろが(ハイブリッド車)がまさかの車両故障で旅行計画変更!快速で浅虫温泉往復にしました。だって特急車を快速運用に当てていたんだもの。
弘前へ向かうと途中で粉雪がちらついてきました。列車が走行しているとまるで猛吹雪。でも、駅に着いてみるとふわふわとした粉雪です。
そして粉雪で足下滑りまくり。危なかった。
弘前からはちょこっとだけ弘南鉄道に乗り、旧東急車を堪能。前回の来訪時は乗れなかった外観未改造の
先頭車。やった!

その後は今回の主目的その2であるストーブ列車へ乗りに五所川原へ。
五所川原駅前。立ちねぶたを収納するところがエヴァンゲリオン射出口に毎回見えてなりません。
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ストーブ列車はDL牽引。DL+客車+ディーゼルカー(一般車)の3両編成。
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車内に乗るとストーブ前の席が空いていました。車販のオジサンが「津鉄」のはっぴを着て「酒っこあるよ、スルメっこあるよ~」と売り歩くので思わずスルメを購入。1パイ300円とは安い。
おそるおそるストーブに乗せるとくるくると丸まってしまい、難儀していたらはっぴのオジサンが「やるよ」と言って軍手でスルメをストーブに押しつけてくれました。焼けてゆく我がスルメの香ばしい匂いがふわぁと漂います。
そのスルメを引き裂いてはい、できあがり。
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食べてみるとこれがなかなかかみ切れない。食べ応え十分!顎が疲れて一人では食べきれないので、物欲しそうにしていた子供に分けましたが、それでもお持ち帰りコースでした。

金木で下車し、折り返しは対向ホームにやってきたクリスマス列車。
いつものディーゼルカーにクリスマス装飾としてLEDとか色々車内に飾られています。
行きもそうでしたが、帰りもアテンダントのおねーさんが乗っており、サンタの帽子をかぶっていました。
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聞けば車内の飾り付けは自ら行ったとの由。ずっと見上げていて首が筋肉痛になったとか。

五所川原に戻った後は五能線の海岸線を見ながら日没を迎えます。
やってきたのはリゾートしらかみ。くまげら編成。
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ところが、雪のために視界は効かず、見えないなと思っている内に日没を迎えてしまいました。
窓は曇るし、何度も窓を拭いては懸命に外の景色を眺めていました。
晴天の日中ならば穏やかな海が眼前に広がる景色も、荒涼とした灰色の景色の中に灯のない建屋(漁師小屋)と暗く沈んだ海の光景に様変わり。日本海沿岸独特の寂しさは太平洋岸では見られません。

東能代で下車し、今夜の寝台特急「あけぼの」を迎えに大館まで鈍行で北へ。東能代の駅前でやっている店も見あたらなかったので、暖を取れる列車の中の方がよろしい。足下の暖房がぽかぽかしてうとうとしている内に大館到着。
反対のホームにやってきた寝台列車に乗るとき、個室に乗れば絵が描けると思ってました。
揺れは少なく、これで描けるぞと思ったものの、室内の照明を消すと一面の銀世界の中に街の灯がぽつんぽつん。それまでの夜汽車では車内照明の映り込みで見えなかった美しい景色、満天の星空に取り出しかけた紙と鉛筆をしまい込み、夜行列車の愉悦に浸る事にしました。
月光に照らし出される銀世界の、なんと美しいことか。

やがて眩い光に包まれて秋田着。そこでぐっすりと眠り込み、気がつけば水上に着いていました。
上野に至るまでのラストランも、いつもの通勤電車とは違った景色に見えます。
名残惜しくも上野のホームに降り立ったとき、「うえのーうえのー」と語尾を伸ばす上野駅特有の放送に、嗚呼東京に帰ってきたのだと感慨深くなりました。
こうして、私の東北一周旅行は終わりを告げました。

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