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2013年3月23日 (土)

千秋のバスツアーにいってきました(東京出発まで)

築地 千秋のバスツアーに参加してきました。
築地三丁目交差点に面した千秋の近くからバスに乗車。昭和通りを経由して高速に乗った訳ですが、この旅の序章とも言える所からして新鮮。

なにより、昭和通りをバスで走るという経験がない。
車高の高いハイデッカーから見ると道路の構造も分かって面白いですね。
昭和通りは元々後藤新平の関東大震災の復興計画に端を発するもので、元々首都に相応しい幅の広い道路を作ろうとしたところ、計画縮小して現在の幅員になったわけです。それでも昭和初期は幅の広い歩道、中央に緑地を備えた西欧の都市の様な立派な道だったのです。それを、戦後高度成長期以降、道路渋滞緩和のために緑地を潰して現在の交差点の立体交差(地下道)にしてしまった。景観美を誇る道が、つまらないただの道路に成り下がった。東京の都市計画の挫折ぶりと、なりふりかまわぬ道路行政の結果をみることができます。
その後の首都高速もくねくねと曲がりくねり、日本橋川の上空を右へ左へ。東京オリンピックの前後で高速道路は突貫工事で造られましたが、用地買収を避けた結果が川の上。
昔水運、今高速と、物流手段は変われど経路が変わらないのは歴史の偶然ですが、それにしても戦後の都市計画はその場凌ぎの物が多いと言わざるを得ません。(計画はしっかりしていたものの用地買収に失敗しているというのもあります)
美女木ジャンクションの通過も初。これが「渋滞は美女木ジャンクションを先頭に15km」の美女木か~と思っていたら信号があってビックリ。そりゃ渋滞もするわけだ。とはいえ、周囲の景色を見て納得。クローバー型などの一般的な高速ジャンクションを設ける土地なんてどこにもありゃしない。無理して立てたなぁというのが正直な感想です。
東京への一極集中と地価の高騰が、都市インフラの整備不足を招き、その結果がこれなのだ、というのを思い知らされました。
鉄道(JR)は戦前のインフラを何とか改良して使っているのが現状と言うほど、都市の規模に見合わない状況だし、道路行政も戦前にかろうじて確保した公共の土地を食いつぶして成り立っているという感じ。
後藤新平の都市計画が実現していたら、東京ってどうなっていたんだろうなぁと思わずにはいられません。
あれは猛反発した議員の中に銀座の大地主がいたんだよね。既得権益に屈すると街は良くならないという見本ですね。

そんなことを色々考えながら、信州のそばと酒蔵を訪ねる旅はスタートしたのでした。
おっと、東京のことだけでこんなになっちゃったい。

つづく!

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