カテゴリー「鉄道」の記事

2019年3月 2日 (土)

宗谷本線ラッセル車を尋ねて

いつかこの目で見たいと思っていたラッセル車の除雪シーン。
遂に、あの、宗谷本線で見てきました。しかも吹雪の日に。

前夜から天気は荒れており、宗谷本線入りした列車も25分遅れ。おまけに除雪を行う「ラッセル車」の挙動が普段と違っておりラッセル車による「排雪列車」は運休になるかもとの情報に気をもみながら迎えた当日朝。
旭川方面が大荒れらしく、JR北海道のサイトは午前中の運休予告。だが、ラッセル車はどうやら走りそうだとの情報で、ラッセル車撮影ツアーは予定通り出発との由。
そう、うちは名寄発のツアーに参加したのでした。

この日の気温は-10度くらい。ツアーの車に乗っていると、窓がどんどん曇って見えなくなります。
タオルで拭こうとしたら、なんと走行冷却で凍結していて除去不能。道中ホワイトアウトしながらも車は音威子府方面に。
撮影場所に着くとまずは山越えです。先人の残した雪中の踏み分け道を進むと、なんと絶景哉。
頂はびゅうびゅうと風が吹いて帽子が飛ばされそうになるので山肌の撮影ポイントまで進めば山の影に入り風も無くなりました。音威子府警察の人がシートベルト着用キャンペーンの宣伝に来て撮影に応じたり、陽光が差し込んだり陰ったりを繰り返す様に一喜一憂しているうちに同行者が「来たぞっ!」と一声。
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あぁ、これがラッセル車か。

あっという間でした。
これを見るために北海道まで来て、25分遅れの特急にハラハラさせられながらたどり着いたのだ、という感慨や余韻を噛みしめるいとまも無かった。
結局持ってきた軽量三脚は撮影には全然役に立たず杖代わりに大活躍。
次の場所、次の場所と歩みを進めると線路脇に多数の車が停車している場所へ。絶好のロケーションは先客で占められているのでその後ろから撮影しようと構えていると、途中でにわかに空がかき曇って吹雪に。
悪天候の中やってきたラッセル車が雪をはね飛ばして鉄路を切り開く、その様子を見届けて車で追う。撮影者とはなんとも皮肉なものです。乗らないんだもの。
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しかし、雪まみれになったラッセル車が苦闘を繰り広げる様は、そりゃ写真に撮りたくなるのも納得の光景。感動でした。

ところが、快調な撮影とは裏腹にJR北海道の公式サイトには次々と運休の情報が。
午前運休だったのが旭川~名寄間終日運休に。うちが乗る予定だった旭川発稚内行特急も全区間運休。同行の人々が「旭川に行けない」「帰れない」「空港に行けない」と悲鳴を上げます。
高速バスなら動くのか、高速閉鎖なら運休するかもしれないがとりあえず予約しようかと逡巡している内に満席表示が出て、次々に名寄から移動できない帰宅難民化していきます。
かくいううちも特急運休で稚内に行けず、旭川にも行けずでは名寄にもう一泊するしかない。どうなることか、と思っていると、後続の普通列車1本の運休情報は出ていません。もしや、運転するのでは?淡い期待を胸に撮影行を終えて名寄駅に行ってみると、なんと今日は14:55発稚内行の1本だけ運転する事を告げる表示が…
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そう、うちらが見届けたラッセルは、たった1往復の列車のために働いていたのでした。
吹雪に負けず走ったラッセルが切り開いた血路。
その列車に乗ったのはうちを入れて6名。智恵文で1名が降り、美深で3名が降り、雄信内で1名増えて、幌延から南稚内までもう1名が乗り、稚内着は3名。
通算8名が乗車したのでした。

地元の撮影ツアーに参加した人達は結局旭川行きの路線バスに乗ってましたが、ツアーではない人達は一体どこから来てどこへ行ったのでしょう。ラッセルが拓いた鉄路に乗った撮影者がうちだけとは、どうにも寂しいじゃありませんか。

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2017年4月21日 (金)

代行バスから日本三大車窓を眺める離れ業

日本三大車窓と言われたのが根室本線の狩勝峠。とはいえ、今の線路ではなく急勾配で峠越えをしていた旧線だ。1966年に現在線と切り替えられ廃線となり、三大車窓は過去の物となってしまった。これで車窓から眺める機会は永久に失われた物だとばかり思っていた。
ところが先日、列車代行バスから日本三大車窓を眺める機会に恵まれた。

旧線沿いの国道を走るバスからは、新得発進行左側に線路跡が見える。保存されたD51を過ぎるとヤード塔が見えてくるが、競合脱線試験の時の無線塔として使った物で旧線の目印になる。今は整備されて「狩勝ぽっぽの道」になったというのだから、今度は探訪してみたいものだ。
やがて旧線は左カーブして曲がっていくが、国道はしばし直進してからカーブする。美しい木々を眺めながら山を登っていくと、やがて所々に旧線と覚しき白い曲がりくねった道が見えてくる。視線を上げてみれば大きな空。その下に山々がぽかりぽかりと浮かんで見え、手前の山、奥の山、その先の山、街、海と一大パノラマだ。
思わずカメラを構えたが、残念ながら手前の木々にピントが合ってしまい、なかなかどうして肉眼で見るような迫力は得られない。
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旧線を遙か眼下に見下ろし、感動しているうちに展望台の横を過ぎ、バスは峠を越える。
下り坂にさしかかると、今度は右手が開けてくる。おそらく、あの木々の中に現在線もあるのだろう。
落合駅前に付くも乗降無し。峠越えは余裕を見ているらしく法定速度ピッタリで走ってきてもなお時間調整をたっぷりと取った。聞けば、代行バスで峠を越える人は毎便1~2人、ふらのバスが2台で往復しているそうだ。
代行バスの車内には僅かに二人。地元の人が一人だけ。この絶景を列車代行バスで楽しむ妙味を体験する人が少ないのは何とももったいない。
幾寅の駅に着いたら、地元の人が乗ってきた。終着の東鹿越では列車から降りてきた高校生達が軒並み代行バスへ。幾寅か、落合か、流石に新得へ行く高校生はいまい。
もうすぐGW、絶景が楽しめる代行バスも、もう少し賑わいを見せて欲しいものだ。なにしろ、あそこは日本三大車窓なのだから。

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2016年5月 1日 (日)

レイアウト作成開始

同人誌製作も一段落したあたりから鉄道模型に力を入れています。
とはいえ、また次の新刊の締め切りが迫ってきたので、原稿からの逃避か、お休みかになりそうです。

昨年作った小さなモジュール。写真はバラストをまき終わったあたり。この後木を植えて現在9割完成したものの、もうちょっと手を入れたい。
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現在作っているのがこちら。
最初はこんな感じでレールを引いてました。
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ようやく一周するようになったのが現在の姿。高架線と地平線(引き込みヤード付き)からなっています。
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右側の線路のように一生懸命直線に…あとから気がついたんですが、留置線にそんなに気合い入れて軌道整正しているはずがないんだから、もっとヘロヘロの線路でも良かったのです。
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高架線をくぐって車庫へ伸びる単線。
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この後のジオラマ作りが楽しみです。
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2015年11月 3日 (火)

比羅夫駅に泊まる

テレビで見る度、いつか行きたいなぁと言っていた、函館本線比羅夫駅。
ここは駅舎を改造して宿にしており、ホームでバーベキューをしている様が青春18きっぷのポスターにもなっています。
偶然にも予約が出来たので、駅舎の二階、ホーム側の部屋に泊まりました。
小樽発の上り列車で駅に着くと、降りたのはうちら夫婦と他の宿泊客だけ。

旅装を解いて、誰も入っていないうちにと話題の丸木風呂に入ると下り列車の発着する音が。
なにせ風呂場はホームに面した小屋の中。天井のカバーを開けて露天風呂状態だから、列車の音が良く聞こえて不思議な感じです。

日が落ちてからバーベキュー開始。お肉はラム肉!
今宵の宿を共にする初対面の人と対面して、ぎこちない会話が始まるのですが、そこは同じ旅仲間。すぐに打ち解けて話が弾むようになるのでした。
列車が来ないのに、バイクで来た、自転車で来たと、次々と人が増えていきます。てっきり皆列車で来るのかと思ったら違うのでした。
上り列車が来るタイミングで、皆記念撮影。ジョッキを列車に掲げて乾杯したり、これ見よがしに肉と列車をカメラに収めたりと、交互に撮影しながらワイワイと盛り上がります。
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正直、今回の旅行をするまで見知らぬ旅人とフレンドリーに過ごす「とほ宿」系の宿は、果たして自分に向いているのだろうかと心配していました。しかし、旅人同士何かしら接点があり、一期一会の会話を楽しむことが出来ました。

やってきた列車の着発を、食事をしながら、はたまた食後のお茶をしながら見送り、宿の主人や常連客の人と会話をひとしきり楽しみました。
話を聞けば、冬場は外国人観光客で埋め尽くされるそうですが、テレビで出たから夏も大賑わいかというと、ハードルが高いと思う人が多くて、そんなに客が大挙して押し寄せるのでもないのだそうです。

本日の最終を見送って就寝。
すると、深夜帯に1本列車の走る音が。もう始発かと思ったら夜中の2時台。除雪列車が走るとは聞いていましたが、雪がないのに山線の深夜に列車が走るとは。結局何だったのか、通過音を聞いて目を覚ましたので列車は謎のまま。

翌朝も列車の音と共に目覚め、寝床で十二分にゴロゴロしてから1Fへ。
朝のコーヒーをいただいて、ホームを散策したり、駅の写真を撮ったり。
泊まった部屋から顔を出すと、こんな眺め。どうです素敵でしょう?
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朝食を戴いている最中も通学の高校生が列車に乗り込んでいき、やがて一晩近くの建物に泊まった仲間が次々と出発していきます。
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札幌直通を見送り、宿の周辺を散策し、遂に自分が乗る番が回ってきます。
一晩泊まっただけなのに名残は尽きません。ディーゼルカーの音が遠くから少しずつ近づき、単行列車が到着。
あらゆる旅情を詰め込んだ素敵な宿は、後方に過ぎてあっという間に視界から消えていきました。

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2015年10月11日 (日)

南部縦貫鉄道体験乗車記

クラッチが機械式の気動車は全廃されてしまい、日本では乗れなくなってしまった。
先日、最後の気動車が協調運転で走ったそうだが、その情報を得るのが遅く乗らずじまいだった。
ところが、保存鉄道という形で遂に乗ることが出来た。憧れの南部縦貫鉄道である。
朝一番の新幹線に乗れば日帰りも可能なのだが、片道600kmを越えるのに日帰りとはもったいないので前日から東北に行く事にした。(前日のBRT乗車の話は別の日記に譲る)

当日はGWなので有名旅行サイトで取れるホテルは全滅である。あっても高級宿ぐらいであり話にならぬ。どうしたものかと思案に暮れて、googleマップで駅前を拡大してみたら、あった。Webで予約受付をしていない地元向け温泉宿が。
電話をしたら素泊まりバストイレなしの部屋なら複数空いているという。全室禁煙というのもありがたい。耳栓を鞄に突っ込んで宿へ向かった。
さて翌朝。食堂の明かりが消えていることから、素泊まりしか受け付けてくれなかった理由がなんとなく分かる。GWだから食堂の人が休みでいないのだろう。

会場までのバスは時間帯が悪く、徒歩となる。朝風呂を浴びて出発だ。
少し歩くと旧道と新道の分かれ目となる。歩きやすそうなのは新道だが、昔からの建物があるのは旧道だろうとあたりをつけて旧道へ。しかし、これが大変であった。途中で歩道が消えるのである。(後に新道も変わらないことが分かる)歩いて移動するなと言わんばかりだ。とはいえ、たどり着けないのも困るので路側をしぶしぶと歩く。途中に十和田観光鉄道のバス営業所。帰りのバスは出ているかと見ると、10:38発とある。体験乗車は10時開始だから、これに間に合えば帰りに三陸鉄道と盛岡バスセンターの見物ができると算段を付ける。
旧七戸駅には40分程度かかった。なるほど案内の通りだ。

南部縦貫鉄道改め「南部縦貫」の本社社屋として今でも健在な七戸駅本屋の前には列が出来ている。定刻に駅の扉が開いて体験乗車に必要な会員証を購入。乗り放題500円は安い。鉄道として営業していないので、一日会員になってもらい法令をクリアするのが狙いだとか。路線営業していない高速ツアーバスも同じ手法をとってましたね。もっとも、うちの見立てではA駅からB駅までを結ぶのではなく、A駅から途中下車できずにA駅に戻ってくるのは遊園地の遊戯物と同じ扱いになるのではないかと思う。

エンジン始動、出庫を見届け、保存会と町長の挨拶が終わるといよいよ乗車開始。なるほどレールバスなだけあって小振りな車体だ。シートもすり切れる所があり、頑張って持たせているのが分かる。穴が開いても替えが無かろうから維持するのは大変だ。

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列先頭付近だったので運転の様子が分かる席に着席。昔のバスみたいに長いシフトレバーが床からのびていて、これでギアチェンジをするらしい。後で見たら床にはクラッチペダルもついていた。
ドアは車掌が手動で開閉、座席定員25名でつり革はあるけれど定員着座で出発。
ちゃんと車掌が構内無線で転てつ手と連絡を取りつつ出発合図を出しているのが興味深い。そういえばさっき運転台にタブレット(全線1閉塞なのだからスタフか?」を運転台に置いてたっけ。

うちが乗ったのは体験乗車の1列車目であったので、来賓の町長が出発合図を行い、それを車掌が車内ブザーにより運転士に出発合図として伝えていた。
レールバスは頻繁にギアチェンジを繰り返して構内を快走。ホームのある2番線から出発し、分岐器を越え、廃線後に出来た国道(新道)が見えてくるとブレーキ扱い。車掌から駅、転てつ手と無線連絡が飛び(今になって気づいたがちゃんと鉄道の指揮系統を守っていた気がする)分岐器が転換される。本線上で折り返し、車庫線へと折り返しだ。
この時の運転士を見ていたら、なんとシフトレバーを抜き取ってブレーキハンドル共々持って行ってしまった。
なるほど確かに保安上もこの方がよい。合理的に出来ている物だと感心する。

車庫線を走った後は再び折り返しを繰り返して元のホームへ。都合4回の加速を体験したわけで、貴重な機械式変速は実に楽しかった。短尺レールであることも手伝って、なるほど確かに町長の挨拶通り車内での走行音は大きい。レールは短尺だし、二軸車だから速度を上げると五月蠅かろう。
走行時間は5分程度だったろうか。これに乗降時間などが加わり、1回転10分から15分といったところ。小さな車両から降りるのも名残惜しいくらいだ。どれくらい小さいかというと、降りるとき注意せねば出口に頭をぶつけるほど小さいのだ。

第二便、三便が走る様をカメラに収めていると、保存会の人へテレビや新聞社の取材が始まった。一度宣伝に力を入れたら乗車列が伸びすぎた為、自分たちでコントロールできる限度を超えると判断して宣伝は地元のみに留めているそうだ。
確かに、宣伝すればレールバスの集客力はまだまだありそうだ。しかし、自分たちで運営できる適正な範囲の規模に留めるという判断こそ、勇気と決断が必要であり、正しい判断であると言える。

保存資金調達のための物販コーナーでは様々なグッズを展開している。昔の切符セットが売られていたので購入すると硬券のおまけをつけてくれた。保存会の人に廃線跡のルートを聞くと、遺構は殆ど無いが廃線敷を歩く人も最近では多いらしい。山菜採りに行く時に使う人もいるのだが、歩きやすいので熊も通るとか。

さて、バスの時間である。ギリギリになったので間に合わぬと走ったのだが、バス停に着くと先客が待ちぼうけをしている。バスは一向に来ず、5分遅れてきた。しかもこのバス、七戸十和田駅を経由しない便で、最寄りバス停から駅までは若干の距離がある。新幹線までギリギリだと思いながら乗っていたら、下車するバス停を目前にして渋滞。結局、駅の階段まで残り数十メーターの地点で、新幹線のブレーキ音を聞き、間に合わぬと断念するハメになった。
新幹線は二時間に一本。どうする。とりあえずひと心地着こうと駅構内のカフェへ。
しかる後に観光センターを覗いてみると、なんと電動自転車の無料貸し出しをしているではないか。
しまった。調査不足だった。最初からこれを借りていればあんな苦労など無かったのだ。
これ幸いと自転車を借り受け、廃線跡探訪に出ることにする。

七戸駅構内の端で線路をぶった切る国道から駅を望むと、レールバスがお昼休みで留置されているのが見えた。軌道敷が続いているはずの道の反対側は建物を建てている真っ最中で、痕跡が早速消えている。
川を渡るところには橋脚があるやもと川沿いの道を走ってみると、不自然な上り坂を発見。もしやと思ってみると大当たりで、七戸駅の方からゆるいカーブがやってきて道と直行している。川を越すために一段高くなっている線路と踏切を作るために、道路まで上り坂だったのだ。踏切の痕跡はないが、使われていない鉄道用電信柱の木柱が残っているのでそれとわかる。川に向かってはコンクリの橋脚が伸びていた。
対岸にも軌道敷は続き、注意してみると自然に帰りつつある枕木など、様々な名残がある。そのままたどれると良いのだが藪になっていたので軌道敷をたどるのは断念。時間も無いので駅に戻って自転車を返却する。3時間あれば駅から軌道敷はたどれるのではないだろうか。

この後は全線開通1年を過ぎた三陸鉄道を訪問するのだが、それは別の項にて。

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2015年1月10日 (土)

寝台特急北斗星

北海道に行ってきた。

偶然にも北斗星のきっぷが手に入った。
開放B寝台上段という、北斗星の中では最もしょぼい席になるが贅沢は言えぬ。
今のご時世北斗星の席が取れただけでもありがたい。泣いても笑っても3月のダイヤ改正でで定期の北斗星は廃止になってしまう。
新幹線工事のためと分かってはいるが、なんとも残念だ。

さて、今回は上野から札幌までの全区間乗車することにした。
上野駅はカメラやスマートフォンを掲げた人たちがホームのあちこちで撮影している。
行ったときには既に入線していたのであけぼのの時のようなひしめき具合ではなかったが、負けず劣らずかなりの人だ。
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一応記念にとヘッドマークを収め、北斗星札幌の方向幕をぱちり。
すかさず食堂車へと赴き、シャワー券の発券を受けようとすると、なんと食堂車の端から端まで長蛇の列。
ほどなく出発して、食堂車の窓からホームを見ると見送りのカメラマンがホーム端に黒山の人だかりで車内でどよめきが起きる。
列はなかなか進まず、このまま大宮に着くのではないかと思いながら並んでいると、最後6席の声がかかって緊張。なんとか最後の1名として無事にシャワーカードを手に入れた。
そのままロビーカーでソファーに座り、パブタイムまでの2時間あまりを車窓を眺めて過ごそうとした。
ところがどうだ、小山を過ぎた辺りで列ができはじめ、瞬く間にのびてゆく。
これはまずい。
先頭から6人を数えたところで席を立つが、ロビーカーにいた人が一斉に席を立ったので列が一気に長くなってしまった。宇都宮に着く頃にはロビーカーを列が縦断。満員でみちみちになっている。立っていても通路が塞がるので座れる人は座りましょうと声をかけてもらったのを機に、ありがたく勧められた席に座る。結局食堂車に入ったのは21:30頃だったか。
声をかけてくれた人は自分の前、相席ご一緒しましょうと声をかけてもらい、同じテーブルに着いた。
聞けば、職場の旅行に一人だけ北斗星を使って北海道入りするのだという。廃止報道を聞いて無くなる前に乗ってみたいと思い立ったのだとか。お名残乗車はマニアだけではないのですなぁ。
それにしても、旅は道連れ世は情けとはよく言ったもので、旅の途上では往々にして近くの人がどんな人だったかで楽しくもつまらなくもなるものだ。
食堂車のドアにはリースが飾ってあったのだが、子供じみた人が車内を往復しているうちに引っかけたらしく、取れてしまった。
それを「すみません!すみません!」と車内に轟く大声でウエイターを呼ばんと叫び始めたから雰囲気は台無しである。
急速に車内の空気が悪化していくのを悟った私は、こんな時こそ格好良く振る舞おうと思い立った。
うるさいぞ、の声が飛び交う前に行動しなければならぬ。
すっと席を立ち、叫ぶ人の前に立つ。ちょっと杉下右京を真似てみる。
「私がお預かりしましょう」
問題児は去った。
たまに、柄の悪い人が悪態をついたりクレームをつけたりするのが格好良いと考えている節があるが、これは格好悪い。一方で紳士然とした振る舞いは、他者にとってもこころよく、格好良く映るものである。
事実、周囲の人に賞賛された。
容姿は努力にも限度があるが、立ち振る舞いで自分を格好良く見せることはいくらでも出来る。すなわち、紳士たることである。
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車内は上品さを取り戻し、食堂車でのひとときは実に愉快なものとなった。
先の出来事がきっかけで隣のテーブルとも会話を楽しむことが出来、最後は食堂車の皆で写真を取りあった。旅の途上でミカンを分け合ったりして仲良くなることはあるが、お互いのカメラに並んで写真に収まったのはこれが初めてである。

床についたのは23:30頃だったと記憶している。東北本線は北に行くほど揺れが大きい気がするが、眠れないと言うほどではない。
しかし、北斗星に乗るのもこれが最後だと思うとなかなか寝付けぬ。だが、一体仙台にはいつ着くのか、もう通過しているのかと考えているうちにおはよう放送で目が覚めた。寝たりさめたりを自覚のないまま繰り返していたらしい。徹夜したときのような体の重さはなく、普通に寝て起きたときのような塩梅だ。
函館でホームに降り立ち、牽引機の交換を眺めに行く。老若男女がホームでカメラを構え、ちびっ子までもがDSで動画撮影だ。
連結を見届けて食堂車に行くと、既に一回目の客で満席。順番待ち名簿に名前を書いてロビーカーで待とうとするも、ここも満員。結局食堂車に入れたのは八雲のあたり。
ずいぶんと待ったが、待つだけの価値はある。大沼を眺めながらの食事こそ出来なかったが、内浦湾を眺めながらの食事は実に優雅。進行逆向きの席に座ったので雪化粧した駒ヶ岳も見える。秀麗な様に見とれていると海岸線に沿って走っているから山の位置が右に左にと変わってゆく。少しずつ料理がやってきて舌鼓を打っているうちに長万部を出発。
その後、朝シャワーですっきりしたら、もう東室蘭だ。
B寝台で同じ区画のカーテンも開き、見れば昨日一緒に食事をした人ではないか。意外にも隣だったという事実に笑っていると早や札幌。
寝台車との別れを惜しみながらホームに降り立ち、冷たい北海道の空気に我が身をさらす。
ホームでは早くも撮影会が始まっていた。


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2014年7月23日 (水)

SL人吉の客車で行く貨物線の旅ツアー

九州縦断旅行の続き、2日目です。

熊本では熊本電鉄に乗りに行きました。
以前乗ったときは列車の中から通過するだけだった併用軌道区間を見に行きたい!と願っていたので、この為にかなりスケジュールを調整したのです。
最寄りバス停を探すのには苦労しました。GoogleMapにはバス停のマークがあるんだけど、バス停名が分からない。現地写真を拡大してもバス停名は読み取れない。
結局、現地のバス会社の路線図と交差点名称を付き合わせて類推し、九州産交バスの「浄行寺」バス停で降りて徒歩で移動することにしました。
現場に着いて夜明けを迎えたものの、暗すぎて写真は写りません(笑)
昔ながらの鐘が鳴る踏切(電子音じゃない!)、架線の構造や併用軌道の様子も興味深く、併用軌道というより江ノ電の雰囲気。
インターアーバンの持つ雰囲気とはまた異なる印象でした。やってきた列車はスカート廻りが強化されているので、まるで海外の列車のようです。
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どちらかというと、そう、東南アジアの列車…
何本か撮影しているうちに夜が明けてきて、高校に通う生徒達が三々五々と集まり出します。
撮影しやすくなる頃にはもう移動の時間。隣の駅(黒髪町)を目指します。距離的には近いけど、場所は分かりにくいなぁ。駅はまるでどっかの仮乗降場や臨時駅といった雰囲気。木の架線柱に鐘が鳴る踏切。タイムスリップしたかのようです。
北熊本で乗り換えて、1両ぼっちの元東急の青がえるに乗車。丁度幼稚園の団体輸送とはちあわせ、車内満員です。
しかも、団体券ではなくて通常の小児料金で乗っている。個別精算しようとしてワンマン用両替機の小銭を尽きさせる始末。運転士は高額精算用の財布を開けて精算に応じる事となり、見るからに大変そうでした。
JRの駅でも同じ事をしていましたが、熊本電鉄はともかくJRは団体券あるんでないの?引率の保父さんは知らないんでしょうか。

JRで熊本に戻り、新幹線で博多まで。
博多からは「SL人吉の客車で行く貨物線の旅」ツアーに参加です。
SL人吉の客車をディーゼル機関車が牽引するんですが、幸いにも機関車の次位の展望席の一角に席を見つけ、親子3人に囲まれたボックス席を譲る事が出来ました。
陣原から先が貨物線。スペースワールドと旅客線を横目に線路北へ。ヤード跡の広がる港湾沿いを走る車窓は、恐らく今日が最初で最後の景色となるのでしょう。
門司では貨物ターミナルに近い線路を走り、旅客列車の通過待ち。博多付近でも感じましたが、ダイヤの隙間を縫うが如き走りです。更に門司でも待避してから終点の門司港へ。ここまで持っていた天気も崩れてしまい、雨が降り出していました。
門司では九州鉄道記念館へ。どの車両も綺麗に整備されていて嬉しい限り。蒸気機関車が子供達に人気でしたが、うちは気動車に注目していました。よくぞ残してくれたとの思いひとしおです。
期待していた門司港レトロ観光線は冬期運休で残念。(これが乗れれば今回の旅行で九州の全鉄道完乗だったのに!)
帰りの列車は後部展望席に座れたので、後ろに流れる貴重な景色をじーっと眺めてました。
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途中で他の方に席を譲り車内探訪へ。今回が二回目の乗車ですが、楽しい列車です。
途中でどうにも眠くなって、ボックス席でうとうと。贅沢な時間だなぁ。
博多に着いてからは返す刀で八幡方面へ。特急に乗って八幡で下車。帆柱ケーブルカー乗り場へ向かう送迎バス待ちの間に食事をしてたら日没してしまいました。
ケーブルカーで夜のとばりが落ちた北九州を一望できる皿倉山へ上って行くと、眼下には金砂銀砂をまいたような夜景が。
更に珍しいスロープカーに乗って頂上まで。20140125_183224
明かりを消し綺麗な車窓が広がる中、かなりの勾配をゆっくりと登っていけば、更に大きく視界が開けます。
駅に着き、階段を上って山頂に出ると、寒い!麓では感じなかった冷たい風が吹き抜け、あっという間に体温を奪っていきます。それでも山頂を歩き回り、あちこちの夜景をカメラに収めました。
しかし、どうにも寒い。撮るだけ撮って駅へ退散です。風を避けられる場所で夜景見物としました。
この日は更に博多で地下鉄七隈線を終点まで乗車し、日本の全地下鉄の完全乗車を達成。七隈線は車内照明の色が不自然で違和感が強かった…
宿は昨日と同じ、今度は博多から熊本まで新幹線で移動して投宿。いよいよ明日は「JR全線完全乗車」の日となりました。


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2014年3月29日 (土)

しまかぜ、SANZEN-HIROBA、交通科学館など

授賞式のついでに関西旅行をしてきました。
色々行きましたがダイジェストを。

今回は今まで通過しただけでじっくり乗ってなかったところを再訪。

浜大津の併用軌道区間。地下鉄乗り入れの4連が道路を走る姿。
車体下部に車幅灯がついています。日本最長の高速バスを思い出しますね。
電車も赤信号だと一旦停止です。
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京阪KUZUHA MALL南館にできたSANZEN-HIROBA。場所を知らないと迷います(迷った)
名車3000系が保存されています。ちゃんと車内にはテレビがありますが、保守の都合で液晶なのだそう。
京阪の心意気を感じる保存ぶりでした。
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阪急梅田駅喫茶店のラッシュ時も以前から訪問したかった所。
列車が到着する度に降車ホームが満杯になり、あっという間にはけてガラガラになります。
休日はコンコースに人が溜まっているんですが、ラッシュ時は皆一目散に改札を目指します。
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近鉄特急しまかぜは、前日に公式サイトの空席情報を確認したところ、上り大和八木~難波に空席を発見。
丁度フリーパス(するっとKANSAI3daysパス)の区間内なので特急券自動券売機をチェックすると、まさかの展望席が空いていました。6号車1B。一番前の席です。はやる心を抑えながら席を確保。実は展望車の一番後ろなのではないかと何度も確認しました(笑)
Shimakaze

オール電動のリクライニングシートの乗り心地は最上級。ふわふわと雲の上にいるかのような揺れが心地よい。
前面展望は写真の通り。A席C席の方が上まで見えて良いと思います。久々に出会った素敵な列車でした。
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終点の大阪難波に着いたら、通りすがりの人が「これがしまかぜか」「席がよう取れへんのやろ」と会話しており、人気列車の認識は揺るぎないようです。展望席から離れるのが惜しく、カフェカーには足を運ばずじまいだったので次は松阪牛カレーでも食べてみたいものです。


交通科学館も行ってきました。驚いたのが開館前の展示計画資料。
「1960年代は空飛ぶ車の時代」「東京~サンフランシスコ通勤飛行機」など夢ある文字が躍ります。
実現したのは動く歩道くらいじゃなかろうか。
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マロネフ59の一等寝台車車内見学など、貴重な資料も見ることが出来ましたが、衝撃の大きさではこれに及ぶ物はなかった。考えてみたら昔の交通博物館はチューブトレインの展示もあって、幼い頃にかけっこした記憶がよみがえりました。

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2013年8月 1日 (木)

大井川鐵道全線乗車

大井川鐵道全線乗車してきました。

18きっぷの時は静岡ともなると次第に疲れが出てくるところ。熱海で浜松行を拾えたときはともかく、静岡止まりとなった暁にはこの先座れないなぁと覚悟する場所でした。
今回は新幹線で静岡まで出て、静岡から東海道本線で金谷へ向かいます。が、やってきたのは島田止まり。座れるからと乗ったら、島田で階段を渡っての乗り換えとなってしまいました。
金谷では下車した乗客が次々と大井川鉄道へ。
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2両の元ビスタカーはどこのボックスもお客で埋まりました。ここで乗るのはSL始発駅である隣の新金谷まで。いったん下車してあらかじめ予約したSLの指定席急行券を発券してもらわなければなりません。
ところが、発券場所は駅を出て道路の向こうの建物。しかも列が出来ています。
発車に間に合うんだろうかと思っていたら乗り換え時間を使い潰し、席についたらすぐ出発というギリギリさ加減でした。そんな中でもホームはSLを撮る観光客が右往左往しており、乗降の障害になっていたんだからなんともはや。常にこれぐらい混んでいてくれれば大井川鉄道の経営も盤石なんですがねー。
今となっては非常にレアになってしまった旧型客車に揺られつつ、SL列車は一路千頭へ。
SL列車は乗ってしまうとそんなに「SLだ!」と感じることはありません。時折汽笛やドラフト音が聞こえるばかり。
車内の壁は煤けていて、昼だというのにどうも薄暗い。
でも、そこが客車列車の客車列車たるゆえん。動力車が分離されているので静粛性があり、SLが牽引している証拠に壁は煤けていて、車内の蛍光灯は少なく暗いものなのです。これが壁は純白ピッカピカで眩いばかりに光あふるる車両だったら興醒めもいいところ。客車に揺られる旅路というのを堪能できるのは大変貴重なことです。
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カーブに差しかかったときに窓ガラスに顔を押しつけると先頭の牽引機が煙を上げて走っているのが分かります。
汽車は途中で大井川を渡るんですが、沿線の日帰り温泉露天風呂では男性客が湯船から立ち上がって手を振っています。うーん、一度入りたい…
終点の千頭からは井川線に乗り換え。トロッコ列車の雰囲気抜群。窓を全開にして爽やかな風を浴びながら川沿いにひたすら進みます。
どんどん山に分け入っていき、日本唯一のアプト式機関車へ付け替え。ぐんぐんと坂を登っていくとあっという間に川の流れを遙か下に眺める高さに。眺めが良いなと思っていると左に大きくカーブを切って長島ダムが見えてきます。
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橋の横から勢いよく放水していて、実に壮観。川べりにはダムに水没した旧線跡もあるんですが、この時期は修繕工事で立ち入り禁止になっていました。ハイキングコースとして歩くこともできるらしい。
機関車を切り離して更に進んで、絶景の奥大井湖上へ。進行左手には水没した旧線跡がダムの水面上に顔を出し、橋桁も見ることが出来ます。ここは水没前に乗らないうちに線路が切り替わってしまいました。
車窓にはダムや山間の導水管が伺え、大井川水系上流のダムの多さに驚かされます。終点の井川に着いてもそれは同じで、井川ダム建設の時に使われた線路が駅から分岐しており、どこまで続くんだろうという好奇心をかき立ててくれます。
そんなわけで、井川ダム建設時の路線を訪ねてみました。
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線路敷を訪ねるウォーキングも行っていたので、もしや開放されているのではと思ってましたが、残念ながら道路と接続されているところには無情の金網。扉も付いていたものの、しっかり鍵がかかっています。イベントの時しか開かないようです。(後日、逆側から線路を歩いて訪ねてきた人が、道路に出るところに鍵がかかっていて引き返したとブログに書いているのを発見。逆からなら入れるようではありますが、線路敷立ち入り禁止というのが趣旨でしょう。立ち入らなくて正解でした)
この日は井川堰堤から井川本村を巡る船も運休。観光ガイドに書かれているコースを巡るのは至難と思われ、井川ダムの記念館を見学して帰途に。
奥泉駅近くの民宿に一泊して、翌日は接岨峡温泉駅から奥大井湖上駅まで歩きます。
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定番コースの逆ルートだったので道が分かりにくく、1本間違えてしまったもののなんとか時間内にたどり着きました。奥大井湖上駅を見下ろすところがこのコースのハイライト。奥大井湖上駅出発の場合は迷わず進めると思うので、そちらのほうがお勧め。斜めから駅を見下ろすのは絶景です。
この日は、ひたすら列車に乗り続けました。
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当日の運用は元近鉄ビスタカーと元南海車。どちらも関西民鉄の心意気を伺わせる名車でしたが、近鉄車の座席がリクライニングシートで心地よいのに対し、南海車は昔の日本人の体躯に合わせた造りらしく、座面が低くて乗っていて疲れを覚えました。雰囲気は昭和の香り色濃くて抜群なんですけどね。
途中駅では偶然降りた神尾駅に「Airノート(ゴールノート)」なる駅ノートがあり、皆「ゴール!」と書いてました。
私もしっかりゴールしてきました。
更に引き返してあのSLが見える露天風呂「川根温泉」にドボン。上下2本をしっかり風呂から見送ってきました。
汽車が来る前から皆総立ちなのだけど、まだかまだかと待ちかまえているうちに風で体が冷えてしまうので浴槽に浸ったり立ち上がったり。汽笛が聞こえていよいよだと思うと迫り来るドラフト音に期待が高まります。ところが、ドラフト音が聞こえた直後に、もうSLがそこにいる。意外と近くに来るまで気づかないものです。皆が手を振るとSLの乗客も手を振り替えし、あっという間に客車4両のSL急行は大井川を渡って木々の向こうに消え失せてしまいました。
ずっと入りたかったこのお風呂、また一つ小さな夢が叶いました。
帰りは静岡駅地下街のミートソースのお店「キャット&ボア」へ行こうと決めてましたが、なんとラーメン屋「多楽」での販売に変わってました。
コクのあるミートソースの味わいは変わらぬ美味しさ。帰りの新幹線でも満足なのでした。


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2013年6月 2日 (日)

横浜本牧駅公開と京急ファミリー鉄道フェスタ

タイトルの通り、横浜本牧駅公開と京急ファミリー鉄道フェスタが先日同じ日に開催された。
どちらもすっかり参加は諦めていたのだが、急遽スケジュールの都合が付いた。はてさて、どっちに行こうかしら。
色々悩んだが、横浜本牧駅は初公開の貨物駅。普段は立ち入り出来ず、近づく機会もない場所にある。一方の京急は過去何度も訪れており、グッズは郵送申込による優先販売方式だから、朝から行ってもめぼしい物は手に入るまいとあきらめが付いた。過去の経験から貨物駅のイベントはそんなに長時間滞在しないだろうと踏んでいたので、最初に貨物駅を訪問し、時間が余ったら京急に行くことに決めた。
17時には浅草に行って友人と合流しなければならないのだから、時間調整の候補を見つくろっておいて、それらの行程を組み合わせればなんとかなる。

そんなわけで、横浜本牧駅最寄りのJR根岸駅に到着。10時開場のイベントに最寄り駅10時着とはいえ、ここからシャトルバスである。誘導されるままに進んでいくと駅からどんどん離れた方向に進んでいく。駅前ロータリーのバス乗り場の番号を最初の係員は告げていたはずだが、一体どういうことかといぶかしがっていると何のことはない。2ブロック先まで歩いていくと、列の最後尾が100mを越えてずーっと続いているのだった。
ああ、これは失敗したと思った。周囲は親子づれでいっぱいであり、子供がギャンギャン泣いている。日差しは刺すように暑い。日焼け止めの対策など一切しておらず、ある程度は覚悟せねばなるまい。
幸いにも満員のバスが目の前で出発し、次の便に座ることが出来た。
会場に着いたらすんなり入れるもの、と思っていたが、全くもって甘かった。ここでも100mを優に超える長蛇の列。
しかし、貨物鉄道の景色とは普段見慣れない物だから実に新鮮に映る。非電化単線に木枕木。ローカル線と違って臨港地区を背景に延びる線路。貨物用の信号も旅客のそれとは異なり、誘導信号みたいな白色灯がぽつんと立っていたりする。
それにしても、凄い人出だ。列に並んで中に入ったはいいが、イベントコーナーには人のかたまりで近づく気がしない。しかも、大半が親子連れである。人垣の向こうにはミニSLだったり、行列の先頭はフォークリフトの運転台だったり。
正面からSLが撮れるという撮影列も大行列。これはやりすごして、人垣の隙間から辛うじてパチリ。
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大物車なども展示してあったけど、イベント会場側からは撮影しにくい奥の方にあってあまりよく見えなかったのが残念。会場外の歩道に人だかりがあったのはそれだったのね。
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一通り会場の雰囲気を楽しんだ後は京急久里浜へ。横浜まで戻ろうかとも思ったが、空腹を抱えていたので杉田で食事を済ませて会場へ。こちらも会場行きシャトルバスの列が…
久里浜工場は年々展示が充実。現業部門は各職場から職員が集まってスタンプラリーを行うなど、従業員の士気向上とちびっ子の職業認知に役立つ取り組みを行っていてなかなかに興味深い。
それにしても、鉄道部品即売ははがき申込の優先販売だから、もう何も残ってないのかと思っていたら、なにやら人だかりが。
え、うそ、まだ売ってるの!?
驚き桃の木山椒の木!まだ方向幕が残っているではないか。出自が分からないものばかりかと思っていたら、よく見ると番号が書いてある。「これ、車号ですか?」「そうですよ」
すかさず購入。
おおー、買えた買えた、方向幕買えるじゃないの。あとは何が残ってるのかなー。
…なんと大物発見。壁に立てかけてある物をよーくみたら、売ってますこれ。
逡巡しましたが、意を決してお会計へ。
だって、2100形ですよ!…今の京急を鑑みるに、今後このカラーリングは出てこないかと思うと、2100形が京急で一番好きだった最後の列車になるかも知れない。
そんなわけで、悩むんだったら買ってしまえと。

これで物欲が完全に満足してしまい、駅の部品コーナーに立ち寄らずに帰ろうと心に決め、改めて会場内を見学。
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台車抜き取りを見学して台車と車体の接続構造に理解を深めた後は、ぎ装中の車体や床下を撮影し、一通り工場ならではの光景を堪能。
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時間も迫ってきたので帰りは久里浜工場発京急久里浜行の臨時列車に乗ることに。
一度品川方に引き上げてから折り返して久里浜方面へ出発。
さっき乗ってきた仮設ホームの方を見ると、京急の方達が空港で飛行機を見送る航空会社の人みたいに全員で手を振って見送っていることに驚いた。
うーん、やるな京急。こういうのが子供の心を捉えて、将来の京急ファンをつくっていくのである。

で、これが本日我が家に到着した次第。
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2100形のドア。重たくて持ち上がりません。

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