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2015年10月

2015年10月28日 (水)

10月のうる星やつら情報

今月も、うる星関係は色々な動きがありました。

最も衆目を集めたのは「ラムちゃん等身大フィギア」ではないでしょうか。
等身大フィギア!ああ、どれ程待ったことか!と喜び勇んだ心を、Webサイトの宣伝文にへし折られ、twitterの宣伝アカウントのセリフに、ラムちゃんはこんな事言わない!と憤慨したのは自分だけかと思ったら、周囲の人も同じ感想だったようです。
宣伝には主観を入れず、「あなたの部屋にラムちゃんがやってくる」だけで十分なんですがね~。
事前の宣伝がどうあれ、肝心のフィギアの出来でうちらマニアの度肝を抜いてほしいものです。

一方で、以前twitterで紹介した、ギガンテックラムちゃんフィギアは売りに出ましたね。上から見ると髪の毛が大きく広がっていて違和感を感じた試作品はその後改良されたのかしらん?


うちはヴィレッジヴァンガード札幌店でうる星やつらグッズを入荷。
誰ですか売るほどあると言っているのは。うちに売るほどあるのはユニクロのTシャツくらいですよ!(※かつてユニクロCARAT5つの味店と呼ばれていた)
数を揃えたくても、最後の1個しか売っておらず展示品現品を買ってきました。
帰宅後にAmazonで扱っているのを知ったときは何のために札幌店まで行ったのか、と空を仰ぎたくなったのですが、まぁ良いでしょう。手にはいるのは良いことです。
マグカップはしっかりした作りでデザインも落ち着いていて、普段使いにも丁度良いです。おすすめ!

新しいCDが出て、周囲の友人知人がこぞって買っているのも喜ばしい限り。
うちはどの曲も既に持っているのだけど、新しくファンになった人が入手できる環境になるのは素晴らしい。

先日のるーみっくぷちおんりーで、ここ数年でうる星ファンになった新しい作家さんと交流を持つ機会が出てきました。昔からファン同士の作家さんとも、新しく知り合った作家さんとも、連日うる星話に興じることが出来る今の環境は非常にありがたいと、つくづく思います。

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2015年10月11日 (日)

南部縦貫鉄道体験乗車記

クラッチが機械式の気動車は全廃されてしまい、日本では乗れなくなってしまった。
先日、最後の気動車が協調運転で走ったそうだが、その情報を得るのが遅く乗らずじまいだった。
ところが、保存鉄道という形で遂に乗ることが出来た。憧れの南部縦貫鉄道である。
朝一番の新幹線に乗れば日帰りも可能なのだが、片道600kmを越えるのに日帰りとはもったいないので前日から東北に行く事にした。(前日のBRT乗車の話は別の日記に譲る)

当日はGWなので有名旅行サイトで取れるホテルは全滅である。あっても高級宿ぐらいであり話にならぬ。どうしたものかと思案に暮れて、googleマップで駅前を拡大してみたら、あった。Webで予約受付をしていない地元向け温泉宿が。
電話をしたら素泊まりバストイレなしの部屋なら複数空いているという。全室禁煙というのもありがたい。耳栓を鞄に突っ込んで宿へ向かった。
さて翌朝。食堂の明かりが消えていることから、素泊まりしか受け付けてくれなかった理由がなんとなく分かる。GWだから食堂の人が休みでいないのだろう。

会場までのバスは時間帯が悪く、徒歩となる。朝風呂を浴びて出発だ。
少し歩くと旧道と新道の分かれ目となる。歩きやすそうなのは新道だが、昔からの建物があるのは旧道だろうとあたりをつけて旧道へ。しかし、これが大変であった。途中で歩道が消えるのである。(後に新道も変わらないことが分かる)歩いて移動するなと言わんばかりだ。とはいえ、たどり着けないのも困るので路側をしぶしぶと歩く。途中に十和田観光鉄道のバス営業所。帰りのバスは出ているかと見ると、10:38発とある。体験乗車は10時開始だから、これに間に合えば帰りに三陸鉄道と盛岡バスセンターの見物ができると算段を付ける。
旧七戸駅には40分程度かかった。なるほど案内の通りだ。

南部縦貫鉄道改め「南部縦貫」の本社社屋として今でも健在な七戸駅本屋の前には列が出来ている。定刻に駅の扉が開いて体験乗車に必要な会員証を購入。乗り放題500円は安い。鉄道として営業していないので、一日会員になってもらい法令をクリアするのが狙いだとか。路線営業していない高速ツアーバスも同じ手法をとってましたね。もっとも、うちの見立てではA駅からB駅までを結ぶのではなく、A駅から途中下車できずにA駅に戻ってくるのは遊園地の遊戯物と同じ扱いになるのではないかと思う。

エンジン始動、出庫を見届け、保存会と町長の挨拶が終わるといよいよ乗車開始。なるほどレールバスなだけあって小振りな車体だ。シートもすり切れる所があり、頑張って持たせているのが分かる。穴が開いても替えが無かろうから維持するのは大変だ。

Cimg0763

列先頭付近だったので運転の様子が分かる席に着席。昔のバスみたいに長いシフトレバーが床からのびていて、これでギアチェンジをするらしい。後で見たら床にはクラッチペダルもついていた。
ドアは車掌が手動で開閉、座席定員25名でつり革はあるけれど定員着座で出発。
ちゃんと車掌が構内無線で転てつ手と連絡を取りつつ出発合図を出しているのが興味深い。そういえばさっき運転台にタブレット(全線1閉塞なのだからスタフか?」を運転台に置いてたっけ。

うちが乗ったのは体験乗車の1列車目であったので、来賓の町長が出発合図を行い、それを車掌が車内ブザーにより運転士に出発合図として伝えていた。
レールバスは頻繁にギアチェンジを繰り返して構内を快走。ホームのある2番線から出発し、分岐器を越え、廃線後に出来た国道(新道)が見えてくるとブレーキ扱い。車掌から駅、転てつ手と無線連絡が飛び(今になって気づいたがちゃんと鉄道の指揮系統を守っていた気がする)分岐器が転換される。本線上で折り返し、車庫線へと折り返しだ。
この時の運転士を見ていたら、なんとシフトレバーを抜き取ってブレーキハンドル共々持って行ってしまった。
なるほど確かに保安上もこの方がよい。合理的に出来ている物だと感心する。

車庫線を走った後は再び折り返しを繰り返して元のホームへ。都合4回の加速を体験したわけで、貴重な機械式変速は実に楽しかった。短尺レールであることも手伝って、なるほど確かに町長の挨拶通り車内での走行音は大きい。レールは短尺だし、二軸車だから速度を上げると五月蠅かろう。
走行時間は5分程度だったろうか。これに乗降時間などが加わり、1回転10分から15分といったところ。小さな車両から降りるのも名残惜しいくらいだ。どれくらい小さいかというと、降りるとき注意せねば出口に頭をぶつけるほど小さいのだ。

第二便、三便が走る様をカメラに収めていると、保存会の人へテレビや新聞社の取材が始まった。一度宣伝に力を入れたら乗車列が伸びすぎた為、自分たちでコントロールできる限度を超えると判断して宣伝は地元のみに留めているそうだ。
確かに、宣伝すればレールバスの集客力はまだまだありそうだ。しかし、自分たちで運営できる適正な範囲の規模に留めるという判断こそ、勇気と決断が必要であり、正しい判断であると言える。

保存資金調達のための物販コーナーでは様々なグッズを展開している。昔の切符セットが売られていたので購入すると硬券のおまけをつけてくれた。保存会の人に廃線跡のルートを聞くと、遺構は殆ど無いが廃線敷を歩く人も最近では多いらしい。山菜採りに行く時に使う人もいるのだが、歩きやすいので熊も通るとか。

さて、バスの時間である。ギリギリになったので間に合わぬと走ったのだが、バス停に着くと先客が待ちぼうけをしている。バスは一向に来ず、5分遅れてきた。しかもこのバス、七戸十和田駅を経由しない便で、最寄りバス停から駅までは若干の距離がある。新幹線までギリギリだと思いながら乗っていたら、下車するバス停を目前にして渋滞。結局、駅の階段まで残り数十メーターの地点で、新幹線のブレーキ音を聞き、間に合わぬと断念するハメになった。
新幹線は二時間に一本。どうする。とりあえずひと心地着こうと駅構内のカフェへ。
しかる後に観光センターを覗いてみると、なんと電動自転車の無料貸し出しをしているではないか。
しまった。調査不足だった。最初からこれを借りていればあんな苦労など無かったのだ。
これ幸いと自転車を借り受け、廃線跡探訪に出ることにする。

七戸駅構内の端で線路をぶった切る国道から駅を望むと、レールバスがお昼休みで留置されているのが見えた。軌道敷が続いているはずの道の反対側は建物を建てている真っ最中で、痕跡が早速消えている。
川を渡るところには橋脚があるやもと川沿いの道を走ってみると、不自然な上り坂を発見。もしやと思ってみると大当たりで、七戸駅の方からゆるいカーブがやってきて道と直行している。川を越すために一段高くなっている線路と踏切を作るために、道路まで上り坂だったのだ。踏切の痕跡はないが、使われていない鉄道用電信柱の木柱が残っているのでそれとわかる。川に向かってはコンクリの橋脚が伸びていた。
対岸にも軌道敷は続き、注意してみると自然に帰りつつある枕木など、様々な名残がある。そのままたどれると良いのだが藪になっていたので軌道敷をたどるのは断念。時間も無いので駅に戻って自転車を返却する。3時間あれば駅から軌道敷はたどれるのではないだろうか。

この後は全線開通1年を過ぎた三陸鉄道を訪問するのだが、それは別の項にて。

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2015年10月 8日 (木)

ぼくたちみんな宇宙人

火星人は火星に住んでいるし、地球人は地球に住んでいる。

では、鬼星に住む人は鬼星人なのかというと、「鬼族」である。
なぜ、自らを種族名で称するのか。

かつて、鬼星は複数の種族が住んでいるから種族名で名乗るのだという説があった。うちもこの説を支持しており、ジャリテンとランちゃんの居住地からも、多種族からなる星だと分かるから、かなり信憑性が高い。

惑星中学校のラムのクラスメートを見ると、同じ鬼族はいないようである。海王星の女王たるおユキらもいるので、相当に多くの星から生徒を集めている事が分かる。故に、ここからは鬼星の種族構成を推し量ることは出来ない。
とはいえ、鬼星との名前が付いているからには、鬼族は星を代表する種族なのであろう。

しかし、鬼星の代表である鬼族は、あくまで鬼星人と自称しないし、あたる達地球人がそのように呼ぶこともない。
何故、星の名前で名乗らないのか。

我々地球人が、火星にコロニーを作ったとしよう。そうしたら火星人を名乗るのだろうか。名乗るだろうな、うん、名乗る。
だが、地球人と火星人を合わせて表現するときはどうするか、おそらく人類と名乗るだろう。

鬼族はうる星第一話にあるとおり、侵略宇宙人である。地球以外に侵略した星だってあるだろう。宇宙のあちこちに植民地があるかも知れない。移住や帰化だって考えられる。
その時、どうやってアイデンティティーの帰属を示すのだろう。宇宙人の感性を地球人の感性で断じるのは危険であるが、こと日本文化が宇宙中に満ちているうる星の世界では「鬼族」という種族意識に帰結するのではないか。

故に、
複数の種族が住んでいるから「鬼族」、である他にも
鬼星以外にも住んでいるから「鬼族」、という可能性もあるのではないか。

うる星のことを考えると、相変わらず色々な発見が止まらない。

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2015年10月 2日 (金)

心に残る光景

心に残る景色は多々見てきたつもりであるが、心に残る光景はというとなかなかに少ないものだ。

離陸する飛行機に向かって、我が子、我が姉、我が妹の名を呼び頑張れと叫ぶ人々の姿を見た成田空港。
山間の小さな駅で乗ってきた女性の両手にぶら下がる沢山の土産袋と、ホームで見送る老夫婦。
なかなか見ることの出来ぬ心を揺さぶる光景と出会ったときの旅は、実に思い出深い。


その駅は特急が止まるとはいうものの、山間の小さな駅であった。
一日三本のうちの昼の特急は、いつも乗降ともに数えるほどしか無く、車窓に見える駅前の景色もまことにわびしい印象を受けた。

だがしかし、この日は我が目を疑った。珍しいことに、十人程の集団がホーム上に固まっているではないか。
ところがこの集団、列車に乗ろうというそぶりがない。なるほど、出迎えという訳か。それにしても若者ばかりで人数が多い。

下車したうちの一人、車輪のついたスーツケースを持った青年が集団近づくと、彼を囲む輪ができた。
次の刹那、彼は無数の腕に掴まれ、そして体は宙を舞った。胴上げである。

ああ、彼は故郷に錦を飾ったのだ。


私は満足して座席に体をうずめた。
終生の記憶に残るであろう光景と出会えた。その事実を噛みしめ、彼の多幸を車窓よりそっと祈った。
ディーゼルカーは唸りを上げて加速し、小さな駅はあっという間に見えなくなった。

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